「やまとしぐさ」講座・「地域で子育てをする」

辻中公の「やまとしぐさ」講座

「地域で子育てをする 」

子育てをしているとき、お向かいに私より十五歳くらい上の梅村さんご家族が住んでおりました。

私の息子が小学校低学年だった頃、自宅の玄関前で友達とサッカーのリフティングの練習をしていました。
そのとき私は台所で夕飯の支度に夢中。すると、どうやらボールが梅村さんの庭に入ってしまったようなのです。
チャイムを鳴らして門を開けてもらい、サッカーボールを取りました。
しばらくすると、またまたボールが庭に入ってしまいました。
再びチャイムを鳴らしていることに気づいた私は、慌てて外へ出て息子たちに、「もう、迷惑だからリフティングをするのはやめておこう」と声を掛けると、梅村さんが出て来て「辻中さん、迷惑なら私が叱りますよ。
子どもは地域で育てるものですよ」と言われたのです。

「この地域の公園では、サッカーをしてはダメと言われているでしょ。
だったら子どもたちはどこで遊べばいいの? もっとボールを力強く蹴られるようになるまでは、家の前で遊ばせてあげましょうよ」と言ってくださったのです。

そして子どもたちには、「他の人の家の前でボール遊びはしないこと。そして、おばちゃんの家に勝手に入ってはダメ。
ちゃんとチャイムを鳴らして、挨拶をしてから入ってね」と、約束も取り付けていました。

それからというもの「おばちゃーん、◯◯です。庭にボールが入ったので、取らせてください」と大声で叫んでいる場面に何度も遭遇しました。
私は、迷惑をかけていないか心配になりましたが、梅村さんと息子たちはドンドン親しくなり、家に招かれてお菓子もいただくようになりました。

梅村さんはいつも嬉しそうに、「車で走っていたら、◯◯君を見かけたの。無事に帰っているかな、いじめられてないかな。子どもは皆で守りましょう」と言ってくださいました。
私は梅村さんとの出会いから「近所の子どもたち皆を見守ることができる女性になろう」と決めました。

核家族が増え、地域の交流も少なくなっている昨今だからこそ、家族の枠を越えて子育てをする意識を持つことが大切です。
今でもわが家は、たくさんの方々が遊びに来てくれる賑やかな家です。暗黙の決 まり事は「お邪魔します」「有り難うございました」を必ず言うこと。
初めて来る友達でも必ず挨拶をしてくれるので、きっと誰かが挨拶を伝授してくれているんでしょうね。

梅村さんとの出会いから十四年、私たちは引っ越すことになり、家族で梅村さん に挨拶にいきました。久しぶりにチャイムを鳴らしたのが息子だと分かり、梅村さ んは大喜び。
「遊びに来てくれたのね。大きくなって。立派になって嬉しい」と目を細めて息子を見ていました。
引っ越しを残念がっておられましたが、「いつでも 遊びに来てね。ここはあなたの第二の故郷よ。
いくつになっても応援しているから ね」と息子に声を掛けてくださいました。

梅村さんのような方がたくさんいたら、日本は安泰です。