『何やってんだ!』  (2006/7/15)

 目の不自由な方を、初めてヘルプしたときのことを今でも忘れられない。雑踏の中、いかにも危なっかしくて「お手伝いしましょうか」と声を掛けた。ただそれだけのことに、ものすごく勇気がいった。名古屋市昭和区にお住まいの中川昭子さん(63)から、街角で見かけたこんな話が届いた。

 仕事で外回りをしていたときのこと。いつもの交差点の横断歩道が、工事中で渡れなくなっていた。そこには一人の工事関係者が立っていて、申し訳なさそうに歩行者に迂回(うかい)路の説明をしていた。新入社員、それともアルバイトだろうか。真新しい作業着が初々しい青年だった。

 そこへ目の不自由な若い女性がやってきた。手には白いつえ。いつもと違う気配に気付いたのか、おろおろしはじめた。工事の青年が近づき「この道は通れないので…」と説明を始めたそのとき。工事のトラックの荷台で作業をしていた、ちょっと怖そうな感じの茶髪の男性が怒鳴った。「何やってんだ!」

 中川さんはびっくりして立ち止まってしまった。続けて、男性の「そんなこと教えとらんだろう。ちゃんと手を引いて渡してあげんか」という声が聞こえた。青年は小さくうなずくと、白いつえの女性の手を取り、道路の向こう側へと歩き始めた。

 おそらく、先輩格の男性は普段から自分でもそうしているのだろう。言葉は乱暴だが頼もしく輝いて見えた。青年は女性から何度もお礼を言われて恥ずかしそうだった。中川さんは、手をつないで渡って行く二人の後ろ姿を思い出すたび、今でもついほほ笑んでしまうという。