小さな勇気、小さなバトン (2006/11/26)

 電車に乗っていて、お年寄りや体の不自由な人を見かけたとき、席を譲るのは存外勇気がいる。ほんの少し、それこそ数秒間迷っているうちに、隣の席の人が先に立ってしまったりする。そんなとき、ちょっとだけ自己嫌悪に陥る。

 名古屋市緑区にお住まいの渡辺かほるさん(50)からいただいた便り。渡辺さんが地下街のパン屋さんで、手にトレーを持ってパンを選んでいたときのことだ。背中にナップザックを背負い、両手に松葉づえをついた三十代の青年が店に入ってきた。知的障害もあるようだった。入り口のトレー置き場の前で、ずっと立ったまま困っている様子だった。

 気にはなったが、店員や他のお客さんが何人もいたし、自分も荷物を持っていたので、声を掛けずにレジに行ってしまった。何度もちらちらと振り返ったが、誰も彼に気を留めない様子。渡辺さんは意を決して戻り「お手伝いしましょうか」と声を掛けた。すると「お願いします」という返事。「ああ、役に立てて良かった」と思うと同時に、すぐに声をかけなかった自分に腹が立ったという。

 指で示すパンをトレーに取ってレジに向かったとき、調理場から一人の若い女性店員さんが出てこられた。渡辺さんたちに気付くなり駆け寄って来て「こちらでお召し上がりになられますか」と満面に笑みを浮かべておっしゃった。どうやら、二人連れのお客さんだと思われたようだった。慌てて「いいえ、この方がこちらでパンを食べられます」と答えると、トレーをさっと受け取り青年をテーブル席へと案内された。この間、ほんの数分のこと。渡辺さんは安心して店を出たという。

 どこにでもありそうな小さな話。こんなふうに、小さなバトンが次々と渡ったら、住み良い世の中になるだろうなあ。