早朝のチャイム (2007/1/26)

 名古屋市西区にお住まいの松本康国さん(81)は毎朝、新聞を一時間半かけて、隅々まで読むのを楽しみにしておられる。といっても、けっして部屋の中に閉じこもってばかりではない。毎年、個展を開くアマチュアカメラマンとしても知られ、天気さえ良ければ重さ約二十キロの機材を肩に撮影に出掛ける日々だ。

 年を取ると朝早く目が覚めてしまう。そのため、新聞が待ち遠しくなるという。玄関まで出る。それでも待ちきれず、五十メートルぐらい先の角まで歩いて行き、新聞配達の人を待っていた。

 四年前のある晩秋のこと。いつものように通りの角で待っていると、配達の女性の方が、松本さんの姿を見て「これからの時期、寒くなりますから家の中で待っていてください。新聞受けに入れたときに、チャイムを押して知らせますから」とおっしゃった。以来、ベッドの中で新聞を待つようになった。午前四時四十五分になるとチャイムが鳴る。

 松本さんは表まで聞こえるほどの大きな声で、「ありがとう」と言って玄関に出る。すると、ちょうど近所に配達を済ませたその女性と顔を合わせることになる。「寒くなりましたね。風邪をひかないように気をつけてください」と声を掛けてくれる。それが秋なら「紅葉がきれいですね」、梅雨時なら「蒸し暑いですね」などと。

 その間、ほんの数秒。でも、そんな短い会話がこれから始まる一日をすがすがしくしてくれる。その後、配達の人は代わったが、チャイムを鳴らすことは引き継がれているそうだ。一言のあいさつも。

 それが縁で、松本さんの写真展も見に来てくれた。松本さんはおっしゃる。「バスに乗っても、買い物に行っても、見知らぬ同士がちょっとしたあいさつを交わすことで、住み良い世の中になるはず」と。