カー君飛んだ (2007/8/26)

 半田市の吉田すみ子さん(71)から、まるで童話のような話が届いた。二十年ほど前のこと。朝、玄関の戸を開けると、目の前に一羽の大きなカラスがいて驚いた。気持ちが悪いなと思い「シッーシッー」と声を出して追い払った。でも逃げようとしない。よく見ると、翼の付け根と足の辺りが血で赤くにじんでいる。けがをして飛べない様子。

 傷薬を塗ってやった。「さあ、これで大丈夫。すぐに治るから、森の仲間の所に帰りなさい」と言ったが、いっこうに動こうとしない。すると、吉田さんのところまでピョンピョンとやって来て、足を突っつく。「痛い、何するのよ」と怒ったが、カラスは何か言いたげに見えた。

 ひょっとしてと思い、慌てて家の中に戻り、ご飯粒を持って来て与えると喜んで食べた。「そうか、おなかがすいていたんだね」。「さあ、おなかがいっぱいになったらお帰り」と家の中に入った。

 さて翌日のこと。朝、戸を開けると、またそのカラスがちょこんと座っている。「おはようカー君」。吉田さんは、カー君と名づけて話しかけた。「今日もおにぎりでいいかい」。「はい、すまないねぇ」とは答えなかったが、毎日、野菜の煮物などを少しずつ食べさせてやった。だんだんと愛着がわいてきた。頭や背をなでてもおとなしくしている。「カー君」と呼ぶと、羽を広げて飛ぶようなしぐさをするようになった。吉田さんが出掛けると、一日中、玄関の前にいて留守番をしてくれているかのようだった。

 別れは突然やって来た。半月ほどしたある日のこと。姿が見えなくなった。「やっと治って飛べるようになったんだね」。餌をもらうことだけが目的だったら、ずっと居ついてしまうはずだ。「カー君」と何度か呼んでも二度と姿を見せなかった。うれしいようなさびしいような。そういえば、一度も「カー」と鳴いたのを聞かなかったことに後で気づいたという。