おじいさんの松の木 (2009/5/10)

 知多市のシルバー人材センターに勤める深川博次さん(63)は、三年前の二月、一本の電話を受けた。それは市民病院に入院中のおじいさんからで「わたしの大事にしている庭の松の木を手入れしてほしい」という依頼だった。

 ご自宅に伺うため電話をすると、家族の方が出られた。「手入れしてもらわなくてもいい」という返事。他意はないが「そこまで面倒をかける必要はない」という感じだった。

 深川さんは家族の意向を伝えるため、市民病院を訪ねた。おじいさんに面会すると、ずっと自分が剪定(せんてい)をしてきた大切な松なので、どうしてもお願いしたいという。「先生に一日だけ退院の許可をもらうので、その日に来てほしい」と、あらためて頼まれた。

 さて、指定された日時にセンターの登録者三人が道具を手に自宅の前まで行くと、救急車が止まっていた。松の木の剪定を楽しみに待っていたおじいちゃんは、再び病院へ搬送されてしまった。そして…。その数日後、おじいちゃんが亡くなったことを知らされた。

 その年の四月に入ったある日のこと。おじいちゃんの息子さんからセンターに電話があった。「おじいちゃんの松の木を、手入れしていただけませんか」。深川さんは、その「おじいちゃんの…」という言葉に胸が痛むとともに、家族のぬくもりが伝わって来た。

 以来毎年、春になるとセンターから松の手入れに伺う。深川さんは、さっぱりとした姿の松を見に行くのを楽しみにしている。「年老いていく自分と重ね合わせて、そっと手を合わせるのです」とおっしゃった。