ひな人形に触れて (2009/5/17)

 目の不自由な友人がいる。その彼が「この前、写真展を見に出掛けて楽しかったよ」と言う。見えないはずなのに。聞けば、写真を撮った本人に、シャッターを押した時の状況も交えて、どんな写真かの説明を聞くのだという。すると想像力が増して、美しい情景が頭の中に浮かぶのだそうだ。

 岡崎市の寺田信次さん(64)がデパートに勤めていたころの話。担当していた食器売り場に、一組の母娘がやってきた。母親は白いつえを突いている。小学校の低学年と思われる女の子はお母さんの手を引いて、店内に飾られていたひな人形の前までやって来た。

 しばらくして、女の子は母親の手を取り、人形にそっと触れさせた。母親はまるで柔らかいものを包むようにして、両の手で人形の輪郭をなぞった。「ほんと、きれいだね」と言うのが聞こえた。ほんの数分間の出来事だったが、寺田さんは涙があふれて仕方がなかったという。目の見えない母親にも、見せてあげたいという気持ちがそうさせたに違いないと思った。

 「普段から水戸黄門のドラマを見ても泣けるほど涙もろいのです。でも、あの十年前のことは忘れられません。母と娘の、心のつながりの深さに感動しました。私も二人の子どもに、このように優しい心根に育ってほしいなあ、と思ったものでした」と寺田さん。そのおかげか、二人とも心健やかな成人になったという。