川原啓美さん・アジア保健研修所ものがたり(その2)

「ひとつかみのお米」 

 アジア保健研修所(AHI)には、アジアの国々から「仲間のために」「母国のために」という献身的な篤い思いを抱いた人たちが学びに訪れます。そして、研修を受けた人たちは、それぞれの地域で困難な状況にある人たちをサポートします。
その中の一人、バングラデシュのモサマド・サビナさんのお話です。

 サビナさんは、15歳で結婚しました。
日本でも早婚は、少し前までは珍しいことではありませんでした。童謡の「あかとんぼ」(作詞・三木露風)でも、「十五で姐やは 嫁に行き」と歌われているように。
 結婚に際して、バングラデシュでは、花嫁の父親が夫となる人に持参金を用意する習慣があります。日本では反対に、男性から女性の家に結納金を贈ります。これは、嫁ぐための衣装や家財道具を用意するための、支度金の意味合いが大きいようです。
 しかし、バングラデシュでは、この持参金が悲劇を生む元になっているといいます。
 その持参金があまりにも高額なため、借金をしなければならない父親がいるそうです。なぜ、そこまでするのか・・・。もし、持参金が少ないと、その不満から嫁への虐待が起きることもあるからです。でも、「娘の年齢が若いと、持参金が少なくていい」と言われているので、まだ幼いうちに結婚させてしまうわけです。

 バングラデシュでは、女性は家庭を守り家事をこなすのが何より大事と考えられてきました。教育を受けることは、軽んじられているのです。
 家庭の中では、お嫁さんは一切お金を触らせてもらえません。その代わり、食料や日用品の買い物も、すべて夫がします。それだけではありません。自分の子どもが病気になっても、夫の了解がなければ医者に連れて行くことさえできないのです。
 全部、夫の成すがまま。自分で考え、行動することが許されていないのです。だから娘も、「結婚しろ」と言われると自分の意思で断れないのです。それが例え、どんな相手であっても・・・。

 サビナさんの場合も、例外ではありませんでした。
 結婚後、二人の子を授かりました。しかし、生活が苦しかったので、針仕事やヤシの葉でゴザを作ったりして朝から晩まで働きました。にもかかわらず、夫は愛人を作ってしまいました。日本でなら、離婚の事由になり、慰謝料を請求できるでしょう。
 ところが、です。
 それに文句を言えるどころか、反対にサビナさんは離婚させられました。
 バングラデシュでは、離婚すると周りから差別を受けます。なんと、実家からも冷たくされるというのです。行場のないサビナさんは、毎日も泣いて暮らしました。
 その時、です。「ひとつかみのお米」があることを思い出しました。
 食事を作る時、ほんの「ひとつかみ」のお米を別のツボに入れて貯えておくのです。それは何も持たない女性たちが生み出した生活の知恵で、祖母から母へ、母から娘へ伝えられてきたことでした。サビナさんは、そのお米を売って、当面の生活費を賄うことができました。

 ある時、サビナさんの暮らす村で、貧しい女性を対象にした「女性グループ」作りが、AHIの元研修生の働きかけで始まりました。10数名のメンバーが毎週集まり、牛やヤギの飼い方、野菜の育て方、女性のもつ権利などを学びます。同時に「ひとつかみのお米」を一週間分持ち寄り、それを市場で現金に換え、グループの貯金とし、そこから順番にお金を借りていきます。子どもの教育資金やお惣菜屋さんの開業の資金、井戸を掘ったり、トイレを作るためにも使ったりします。嫁ぎ先が家を建てる時に、土地代を出して自分の名義にし、何かあった際に夫に「出て行け!」と言われないようにする人もいるそうです。
 グループのみんなで「バラの女たちの会」と名付け、読み書きのできるサビナさんがリーダーとなりました。そのグループ活動の中で、サビナさんは自信をつけ、自分と同じように苦しい思いをしている女性たちにも、「ひとつかみのお米」と、みんなで助け合うことを薦めています。

 日本でも、古来から同じような仕組みがありました。
 「無尽講(むじんこう)」とか「頼母子講(たのもしこう)」と呼ばれるものです。毎月1回、一定のお金を持ち寄り、誰か一人が全額を競り落とすなどして受取ります。「無尽講」は、その後発展し、各地に「相互銀行」と形を変えたところもあります。沖縄では現在でも、「模合(もあい)」と呼ばれ日常的に行われています。
 さて、私たちは日頃、自分の生活だけで精一杯です。正直なところ、他人のことにまで気遣う余裕を持つのは大変です。例えば、「困っている人がいる」と寄付を求められても、スッとお金を出すのは難しい。「なんとかしてあげたい」と思っても、ギリギリのところで生活していると、思うようにならないのがお金です。

 そこで!「ひとつかみのお米」です。
 自分で使うためではなく、誰かのために「わずかの貯金」をするという方法があります。私の友人は、500円玉貯金というものを実践しています。一日の仕事を終えて帰宅すると、まずポケットの小銭入れを開けます。中に500円玉が入っていると、貯金箱にチャリン!そうして貯まったお金は、友人・知人から「こんなボランティア活動をしているんだけど助けて欲しい」と言われた時、放出します。
 急に言われても少ししか募金できませんが、これならたくさん寄付できます。もちろん、阪神淡路大震災や東日本大震災の時にも役立ちました。

 この話を聴いて、私も真似しました。始める前、「どうせ貯まらないだろう」と思っていました。ところが、いざ始めてみて驚きました。意識して500玉を財布に残すようになったのです。お釣りとして500円玉をもらうと、「使わないように」と意識するのです。そして、貯金が貯まるのが楽しくなる。それを自分で使うわけではないのに不思議です。
 しばらくして、わかりました。心の中に「誰かの役に立つんだ」という奉仕の心が芽生えたのです。すると、僅かですがエゴが減ります。それが毎日のことなので、「自分さえよければいい」というエゴを捨てる修行に繋がったのでした。

 「ひとつかみのお米」は自分も他人も幸せにします。

2015年、創立者の川原啓美さんが亡くなられた後も、その遺志は多くの人たちの手によって脈々と引き継がれています。
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