シングルマザー・大津たまみさんの「夢」への挑戦(その1)

~水だけ飲んで暮らした「貧困生活」~ 

 NHKの朝の連続テレビ小説を見て、なにげなくチャンネルをそのままにしていたら情報番組「あさイチ」に見慣れた顔が映っていました。掃除・片づけ・家事代行業 (株)アクションパワーの大津たまみさんです。いつもの満面の笑顔で、「そうじ」の超すご技を解説していました。
 「ああ、また出てる」「活躍してるなぁ」というくらいにしか思いませんでした。
 ところが・・・です。
 そのすぐ後、彼女とゆっくり話す機会があり、壮絶な人生を聴いて驚いてしまいました。初めて彼女と出会ったのは、10年ほど前のことです。ちょうどその頃、「貧困」に陥っていたなんて・・・。いつも元気な「笑顔」なので、まったく知らなかったのです。

 2006年、大津さんは離婚しました。自身が36歳、息子さんが9歳の時のことでした。でも、楽観的だったといいます。それまで、どんなことをしても結果を出して、仕事上でも成績を上げてきていたからでした。しかし、すぐに「壁」にぶち当たります。
 就職の面接に行くと、必ずと言っていいほど、こんなことを尋ねられました。
 「あなたには小さい子どもがいるんですね」
 「子どもに何かあった時、預ける所はありますか?」
 その時初めて、小さな子どもを一人で育てているということ自体が、仕事をする上で大きなハンデになっていることに気付かされたといいます。正規雇用どころか、アルバイトの面接ですら「シングル」だと言うだけで通りません。大津さんは、「私は世の中に必要じゃないのかな」と落ち込みました。ようやくありつけた時給800円のアルバイトも、子育てとの両立のため働ける時間が制約されてしまい、手取りは5、6万円しかありませんでした。
 交通費が一部しか支給されず、自宅から徒歩で1時間半かけて通ったそうです。

 期待していた母子家庭の自立支援給付金を役所に申請に行くと、もらえないことがわかり愕然とします。前年の所得に応じて支給されるからです。離婚した夫の会社で、役員をしていたからでした。それだけではありませんでした。税金、年金、健康保険の請求が届きます。大津さんは、シングルになったとたん崖から突き落とされるが如く、一気に「貧困」に陥りました。
 お金がないので、スーパーで廃棄処分ぎりぎりの食品を買います。そんな中、30円に値下げされている納豆は大ご馳走でした。息子さんと、1パックの納豆を半分に分け合って食べます。それを二人で、「納豆豪華ごはん」と名付けていました。
「白いごはんに、納豆は美味しいですよね」
と言うと、
「いいえ、お米なんて買えませんでした。ただの納豆だけです」と言われ唖然。
「でも、29円のモヤシが10円に値下げされていることがあるのです。モヤシ炒めの上に納豆を乗せて食べられる日もありました」と言います。さらに、
「その時、息子と話し合ったんですよ。将来、絶対に納豆を嫌いにならないようにしようね、と。二十一歳になった息子と今もよく納豆を食べます」
と笑って言います。なんて前向きな!

 朝は、二人とも食べることができませんでした。学校へ行く息子さんに、大津さんは声を掛けました。
 「給食は大事だから、いっぱい食べて来てね!」
 これまた大津さんは笑顔で語ります。
 「ありがたいことに、息子の通う中学校には給食がありました。給食のおかげで、息子は大きくなれました。国のおかげです」
 では、大津さんはと言うと・・・昼は水を飲んでお腹を満たしていたそうです。ある日、息子さんに言われました。
 「お母さん、笑って」
 ショックでした。息子さんには、よほど辛そうに見えたのでしょう。そこで、一生懸命に笑おうとしました。でも、「笑えない」のです。
 大津さんは思いました。このままじゃダメだ、こまままじゃ、ダメ・・・と。大津さんは決意します。
「今のままでは、愛する息子に何もしてやれない。高校にも行かせてやることさえできない」
「このままでは、ダメだ、10年後のことを考えよう。息子と共に幸せになる未来を描きたい」
 そして、「そうじ」や「片づけ」などを行う家事代行業(株)を起業します。

 その時、まだ幼い息子さんにこう頼みました。
「お母さんに2年間だけ仕事をさせて。2年やってダメだったらお母さんに能力がなかったということ。2年間だけ我慢してくれる?」
 9歳の息子さんは、「よくわかんないけどわかった」と笑顔で言ってくれたそうです。その言葉が、どれほどの勇気になったことか。
 しかし、そこには、新たな苦難の道が待ち受けていました。

 事務所を借りるため不動産屋さんを訪ね、またまた愕然とします。どこも貸してくれないのです。まず、「保証人を付けてください」と言われます。両親は共に保証人になれる状況ではありませんでした。ある不動産屋さんの担当者にこう言われました。
 「シングルマザーはヤクザと同じだ」
と。たぶん、家賃の未払いの人が多くて敬遠されていたのでしょう。中には、こんなひどいことを言う人も。
「オレの女になるんだったらいいよ」
 大津さんは絶望の淵で途方にくれました。しかし、そこに救う神が現れたのです。ある不動産屋さんを訪ねた時、窓口の女性と話をしていると、その人もシングルマザーだというのです。彼女が、上司に進言してくれました。
「この人は信用できます。貸してあげてください」
と。そして、住宅地の真ん中にあるアパートを、事務所として借りることができました。
 さあ!事業がスタートできます。
 いよいよ快進撃!
 でも、まだまだ苦難が続きます。そのお話は(その2)へ。