鈴木中人さん・「NPO法人 いのちをバトンタッチする会」誕生秘話(その2)

情けは人のためならず

悲しみを心の奥に閉じ込める

 景子ちゃんが天国に旅立った後も、中人さんは「原罪意識」を抱えてサラリーマン生活を続けました。職場の仲間はやさしかった。「頑張れよ」「大丈夫か?」「時が忘れさせてくれるよ」と気遣って声をかけてくれます。でも、心の中で反発しました。「どう頑張れって言うんだ」「大丈夫なわけがないだろう」と。
 やがて中人さんは「この悲しみを理解してもらえるはずがない」と思い、悲しみを心の奥に閉じ込めようと努めます。「もう大丈夫だ」と周りに見せるため、今まで以上に仕事に打ち込むようになりました。中人さんいわく「装った」のでした。
 「なぜ、罪もないこの子たちは死ななくてはならないのか?」
 ある日のことでした。三重大学病院で、小児がんの家族のために医療相談会があり、スタッフとして参加しました。まだ、景子ちゃんが病気と闘っていた頃、中人さん自身も「相談者」として参加した会です。
 プレイルームには、景子ちゃんのように髪が無かったり、片足を失った子どもたちが遊んでいる姿がありました。「なぜ、罪もないこの子たちは死ななくてはならないんだ」と  胸が苦しくなりました。そして、景子ちゃんの苦しむ声がフラッシュバックしました。「来なければよかった・・・」
 ところが、会が始まり、景子ちゃんの闘病体験をみんなの前で話していた時、中人さんは「おや?」と心の中に変化を感じます。健康な家族に恵まれている職場の人たちには、おそらく理解できないであろう、不幸な出来事。それが、同じ体験をしている人たちの前で話をすることで、気持ちを分かち合える、心が楽になった気がしたのです。原罪を背負い、閉じていた心が少しだけ、開いた瞬間でした。

今も心の中に子どもが生きている

 「中人さんは、その後も小児がんの支援活動に携わりました。そして、少しずつ相談会で話す機会を重ねていきました。
 そんな中で、中人さんは、2つのことに「気づき」学びました。
 一つ目。ある時のことです。小児がんで子どもを亡くした親の話を聞いていた時、ハッとしました。悲しい出来事であったはずなのに、なぜか「笑顔」なのです。その後、注意して他の親の話を聞きます。すると、やはり「笑顔」。そうです。亡くなってはしまったけれど、今も心の中に子どもが生きているのです。その時のことを振り返って、中人さん言います。
 「自分もあんな笑顔になれるかもしれない。景子は今も一緒なんだ。心が癒されて、前を向いて歩こうと思えました」
 やがて、中人さんも、闘病中の家族の相談を受けるようになりました。ここで、2つ目の大きな「気づき」がありました。
 「自分の辛い体験が、今、悩み苦しんでいる家族に聞いてもらうことで役に立つんだ」
 人のためにと話すことで、実は自分自身が救われたのだと言います。マイナスの出来事の体験が、プラスに転じた瞬間でした。

ついに辞表を提出

 ある日、中人さんの母親が脳梗塞で倒れました。入所ができないかといくつかの施設を巡りました。すると、そこには、年齢に関わりなく、さまざまな病気やケガの入所者を目の当たりにしました。
 「死は、健康な自分には程遠いものかもしれない。しかし、今日、死んでしまうかもしれないんだ」
 ここで、中人さんは思います。
 「人生は二度とない。子供の分まで生きよう!」
 そして決断し、会社に辞表を提出。この時、47才。企画部門の管理職でした。
 「景子の闘病、そして相談会での活動を通して、サラリーマンの肩書きというのは、ただの『上着』に過ぎないと思うようになっていました。いずれ「脱ぐ」日が来るのだと」

情けは人のためならず

 景子ちゃんが天国に旅立ってから、10年が経っていました。
 我欲を捨てて、「人のために役に立ちたい」と志し、「いのちをバトンタッチする会」を立ち上げました。
 中人さんは言います。
 「はじめは、『人のため』なんて考えもしませんでした。人のためになり、役に立っているとわかった時、『ああ、癒されているんだなぁ』と気付いたのです。人の役にたつこと、そして、自分が癒されることはセット。10年かけて自然に1つのものと考えられるようになったのです」
 まさしく「情けは人のためならず」。人のために尽すということは、自分のためなのですね。

 日本全国で「いじめ」のニュースが伝えられています。
 自ら命を絶った子供たちがいます。
 どれほど辛かったか。
 どうして、そこまで追い詰められたのか。
 誰も手を差し伸べてくれなかったのか。
 ご両親は、どれほど辛いだろう。
 
 そう考えると、胸が引き裂かれるような思いがします。
 鈴木中人さんは、全国の学校や会社で講演を行い、親や子と一緒になって「命」について考える活動をしています。


その鈴木さんからこんなメッセージが届きました。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 
自殺…。今、思うことをつづります。

 私は、生徒の自殺があった7校の中学・高校で「いのちの授業」をしました。
自殺を受けての教職員や地域の緊急大会での講演も。
全て、一見すると「普通」の学校・地域でした。
自殺者3万人時代。自殺は、いつでも何処でも誰にでも起こりうるものです。
「死にたい」「自殺をやめました」…、そんな声もいただきます。
何を心すれば良いのでしょうか?

 ある中学生のメッセージ。
「ある出来事で、死にたいと思うようになりました。親にも言えない。
なぜ自分は生きているのか。机の木に、爪で『死にたい』と毎日掘り続けました。
もう耐えられなくなって先生に話しました、泣きながら。
母に伝わります。母は目の前に泣き崩れました。
でも直ぐに私を抱きかかえて一緒に泣いてくれました。
『生きている』と実感しました。
今もそのことを思うと吐き気がします」。

「死にたい」と思う人の心は、絶望的な孤立感です。
自分は一人ぼっち、生きる価値がない、誰も自分のために涙を流してくれない…。
まず、「あなたは一人ぼっちではない」と体で感じてもらう。
そして、その人が背負っている重荷をなくしてあげる。
一刻も早く、時に毅然と。

 万一、自殺が起きたとき。
遺された家族は自分を責める、人知れず血の涙を流し続けます。
その人に石を投げないでください。
周りの人は、哀悼の意を示し、起こったことに真摯に、人間として向き合う。
その大人の姿を、子どもたちはみつめています。

 自殺は悪い。ただそれだけを教えないでください。
子どもに微妙な心の変化を生じさせることもあります。
「死ぬ奴が悪い」。大切なことは、困っている・弱い人にどのような目線をもつか。
あなたも友達も、かけがえがない・つながっている・愛されていることを実感させてあげてください。

「どんなことがあっても、お父さんお母さんよりも絶対に早く死んではいけない!」。
あなたの思いを、あなたの言葉で語ってください。
いのちは、かけがえがない。いのちは、自分だけのものではない。
遺された人は、いっぱい涙を流す。だから、いのちを大切にしようね、と。

小さないのちの思いが、涙する人に届きますように…。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

NPO法人「いのちをバトンタッチする会」について詳しくはこちらをご覧ください。
https://inochi-baton.com/

また、鈴木中人さんへの講演の依頼はこちらまで。
涙涙の感動のお話を聴いていただけます。
https://inochi-baton.com/contact/form_inochi/

「鈴木中人さんの著書のご案内」
・タイトル  子どものための「いのちの授業」 小児がんの亡き娘が教えてくれたこと
・致知出版社 本体価格1300円
・発売日 3月8日
・著者:鈴木中人 絵:葉祥明