空港手荷物検査場の「傷テープ」の達人(その2)・・・「人が喜ぶ顔が好き」

 「もう中学生の頃から、友達に傷テープを渡していたとは驚きました。その『思いやり』の源は何ですか?」
う~ん、と山本さんは腕組みをして考えます。

 「母親の友人のすすめで、小学3年生の時にカブスカウトに入隊したんです。その後、小学6年生から中学3年生までボーイスカウトで活動しました。ひょっとすると、それが関係しているかもしれません」

 山本さんは幼い頃から、カブスカウト、ボーイスカウトでボランティア活動をしてきました。街頭募金活動の他、幼稚園で子どもたちの遊び相手になったり、介護施設で清掃、食事のお手伝いなどです。それが知らぬ間に身に付いてしまっていたらしいのです。山本さんは言います。
「人が喜ぶ顔を見るのが好きなんです。だから、自然に身体が動いてしまうんです」

 ちょっと突っ込んだ質問を投げかけてみました。
「傷テープを差し出して、受け取ってもらえなかったことはありませんか?」
「親切」や「思いやり」って、ときに「おせっかい」「押し付け」になってしまうことがあります。私も、できるかぎり身体の不自由な人に声掛けするように努めていますが、「結構です」と断られることも珍しくありません。山本さんから、意外な答えが返ってきました。

「傷テープに関しては、一度も断られたことはありません。みなさん喜んで受け取っていただけます」
伺うと、山本さんは傷テープだけではなく、お客様にさまざまな「親切」を施していることがわかりました。例えば・・・。

 国際線の保安検査場を通過するのに、プリンやヨーグルトの機内持込みは禁止されています。それをお客様に説明すると、「もったいないから、ここで食べます」と言う人がいるそうです。そのお客様が幼い子ども連れだったりする時、ご家族全員が座わってプリンなどを食べられるように、椅子を用意したりする。さらに、ぐずる赤ちゃんをあやしたり。

 またペットボトルの飲み物も持込み禁止です。慌ててジュースを一気に飲み干そう、とする人もいる。そんな時、ついついむせて零してしまう。「ゆっくりでいいですよ」と声をかけ、ティッシュペーパーを差し上げるのだといいます。山本さんは、常に仕事場で10個くらいのポケットティッシュを常備していたため、駅前でティッシュを配っていると、必ずもらう癖がついていたとのこと。

 もっとも、保安検査場は「速やかな対応」が求められます。もちろん、これらの行いはマニュアルではありません。山本さんの独断の「親切」です。でも、「親切」が行き過ぎてもいけない。山本さんは、「親切」と「速やか」のギリギリのところを見極めながら仕事をしていたといいます。

 さて、話を戻します。「なぜ、山本さんの『親切』はお客様にスーッと受け容れられるのだろう。私との違いはどこにあるのだろう。そう考えて、ハッとしました。私はよく友達から言われます。「あまり笑わないね」と。写真を撮られる時にも「もっと笑ってよ」と。そうだ!山本さんは、とてつもなくステキな「笑顔」なんです。ご当人の了解の上で、取材中の写真を撮らせていただきました。

 いかがでしょうか?ステキでしょ!
困っている時でも、この人に声を掛けられたら、ホッと心が和んでしまう気がします。それどころか、悩み事を相談してしまいたくなります。「人の喜ぶ顔が好き」と言う山本さんは、人を笑顔にする「笑顔」の達人でした。

 さてさて・・・。
イギリスに本社を置くSKYTRAX社が毎年実施している顧客サービスに関する国際空港評価「World Airport Awards2018」で、中部国際空港(通称・セントレア)が「The World’s Best Regional Air port」を受賞し世界一位になりました。さらに、8年連続で「Best Regional Airport Asia Award」を受賞するという快挙を成し遂げました。
その偉業は、どうやって達成されたのでしょう。

 そうです。セントレアには、山本さんのような「おもてなし」の達人が大勢いるのです。空港は、多くの企業体の集まりです。航空会社はもちろん、警備会社、清掃会社、売店やレストランなどのテナント、鉄道会社などの多岐にわたります。
忙しい業務の中で、個々の「おもてなし」が集まって大きな力となったのです。

(お知らせ)
「セントレア」につまわるもう一つの心温まる「いい話を、拙著新刊「眠る前5分で読める 心がスーッとして軽くなるいい話」(イーストプレス社)に収めました。
ぜひお読みいただけたら幸いです。