空港手荷物検査場の「傷テープ」の達人(その1)・・・「『普通』が『普通』ではないレベル」
2016年のことです。
中部国際空港(通称・セントレア)に一通のお礼状が届きました。それはこんな内容でした。
「夫がスーツケースに指を挟み、腫れていることに気づいたチェックインカウンターの方が素早く、シップを手配して下さり、助かりました。また、外れかけたシップを見た保安係の方からは傷バンドをいただき、とっても助かりました。」
私も経験があります。空港へ着いたところで、ちょっと身体が冷えていることに気づいたのです。電車の中の冷房が効き過ぎていたのでしょう。そこで、スーツケースの中からカーディガンを一枚取り出しました。ところが、なかなか閉まらない。ギュウギュウ詰めの荷物の中から取り出したので、一枚取り出して量が減ったにもかかわらず、いくら押さえてもカチッと鍵がかからないのです。
最後は力づくで締めたのですが、その時、指をケガしてしまいました。出発時間は迫ってくるし焦りまくり、空港内のドラッグストアまで傷テープを買いに走りました。
さて、このレターの内容で、気になることがありました。
チェックインカウンターでの対応は、航空会社の地上スタッフさんに違いありません。忙しい業務の最中にお客様のケガに気づき、シップの手配をするというのは「流石!」です。でも、お客様に安全・快適に搭乗していただくのが「仕事」と捉えると、ケガの手当ても「仕事のうち」という拡大解釈もできるでしょう。
しかし、「保安係」はどうでしょう。手荷物検査の際に、危険物や不審な荷物の機内への持ち込みがないかを検査するのが「仕事」です。それは「おもてなし」ではありません。「検査業務」なのです。ましてや、次から次へと搭乗者が列を作っている中で。
セントレアさんにお願いし、その「保安係の方」にお目にかかることができました。面談の会議室に現れたのは、警備会社の(株)全日警に勤める山本元博さん(33)でした。夜勤明けで、少々お疲れの様子でしたが、開口一番、尋ねました。
「素晴らしい気遣いですね」
山本さんは、ニコニコして即答。
「別に普通のことだと思っているのですが、なんでこんなことで取材を受けるのか戸惑っているんですが・・・」
山本さんは、その当時、国際線の手荷物検査場で保安検査員をしていたそうです。金属を身に付けていると、ゲートで「ピーピー!」と鳴ってしまいドキドキした経験をお持ちの人も多いでしょう。またペットボトルや化粧品など、液体の機内持ち込みも厳しく制限されています。これも、安全・安心な飛行を実現するためのものです。さらに尋ねます。
「たまたま傷テープを持ってたんですか?」
「いいえ、いつも身に付けているんです」
「え!いつも?」
「実は、傷テープは、そもそも自分のためのものなんです。私は昔から指にササクレができやすくて。それが引っ掛かってよく出血するんです。それで、上着やカバンに常備しているんです。その時のお客様のことは、よく覚えています。これからグアムへ旅行に出掛けられるというご夫婦でした。ご主人がケガをしておられました。出血がひどい様子ですが、診療所で手当てする時間の余裕もありません。そこで、交換用のものも合わせて、何枚か傷テープを差し上げたのです。ただ、それだけです。普通です。」
「ちょっと待ってください。そういうことは、よくあるんですか?」
「はい、毎日というわけではありませんが、こういうことはかなり頻繁に」
「その傷テープ、見せていただけませんか」とお願いすると、ロッカーまで取りに行き見せて下さいました。驚きました。透明のポーチに、何十枚、いや百枚以上もの傷テープが入っているのです。
「ときどき大量に買いだめしておくんです」
当人は「普通のこと」と言います。私はいつも、「普通」という人を「怪しい」と疑ってかかる癖がついています。「おもてなし」「ホスピタリティ」のレベルの高い人たちは、一般の人たちがなかなかできないことを「普通」にやっているので、「普通」のレベルが高いのです。これは只者ではないと思い、さらに尋ねました。
「なぜ、こんなにたくさん?」
「お客様だけでなく同僚や友達も知っているんです。僕がいつも傷テープ持っていること。こっちが気付いて差し出すこともありますが、『傷テープくれる?』って聞かれることもありますし。中学・高校の頃からそうでした。保健室で傷テープをいくつかもらって手元に持っているんです。それで、周りの友達をがケガをするとあげていました」
そう言いつつも「当たり前のことです」という雰囲気を醸して、山本さんはニコニコ笑いました。たった一枚の傷テープ。そこには、山本さんの温かな人柄が込められていました。