CS(お客さま満足度)世界№1の陰にあるもの(その1)・・・「骨壺を車に忘れて」

 イギリスに本社を置くSKYTRAX社という企業があります。世界中の航空会社や空港を独自に調査し、格付け評価をしています。そのSKYRAX社が毎年実施している顧客サービスの関する国際空港評価「World Airport Awards2018」で、中部国際空港(通称・セントレア)が「The World’s Best Regional Air port」を受賞し世界一位になりました。さらに、8年連続で「Best Regional Airport Asia Award」を受賞するという快挙を成し遂げました。

 

 空港は、多くの企業体の集まりです。航空会社はもちろん、警備会社、清掃会社、売店やレストランなどのテナント、鉄道会社などの多岐にわたります。そのバラバラの場所で、それぞれの仕事をしている人たちの心が、どうしたら一つになるのか。それが、最大の課題になります。

 セントレアは2005年開港の比較的歴史の浅い空港です。0からスタートし、短期間でCS世界№1となりました。その背景にある、象徴的なエピソードを耳にしました。

 

 2016年のことです。お客様からセントレアの事務所に1通のメールが届きました。「困っていた時、助けていただき、無事に予定の便に乗ることができました。ありがとうございました」という趣旨のもの。その搭乗便は記されていたものの、助けたのが「誰なのか」わかりませんでした。あちこちと空港内のスタッフに聞き込みをし、ようやく対応したスタッフが判明しました。

 それは、ANA中部空港の向井さんでした。今回、その向井さんにお目にかかる機会を得て、当時のお話を思い出しつつ教えていただきました。

 

 向井さんはその日、ANAのカウンターの前に立ち、搭乗手続きをするお客様の案内業務に就いていました。すると前を通り過ぎる一組の女性が目に止まり、声を掛けました。

 それは、80歳くらいの母親とその娘さんでした。

 「いかがされましたか?」

 「骨壺を駐車場の車の中に置き忘れてしまったんです」

と娘さん。相当、慌てていらっしゃる様子でした。

 「何時の便のご予定ですか?」

とさらに尋ねると、ANAではなくM社の那覇行きの便で、出発まで30分を切っていました。

 「今日はこれから沖縄のお墓へ行って、父の納骨を行う予定なのです。車まで取りに行きたいのですが、外出さえ不慣れな高齢の母を一人置いて戻るわけにもいかず困ってしまって・・・」

「わかりました。それでは私がここで、お母様のそばに付き添わせていただきます。急いで取って来て下さい」

 それを聞き、娘さんは駐車場へ走りました。ところが、なかなか戻って来られません。時計を睨みつつハラハラしました。向井さんは心配になり、母親のことを仲間のスタッフに頼み駐車場へ駆けました。幸い、途中で骨壺を抱えて走ってくる娘さんと出会えました。

 

 出発時間は迫っています。向井さんは、ゆっくりしか歩けないお母さんを気遣いながら、M社のカウンターまで付き添って搭乗手続きを済ませました。もう出発時刻も迫っていたので、そのままお客様を保安検査場までご案内。

 さらに、中にいたANAスタッフの仲間に声を掛け、ゲート番号を伝えて「よろしく!」と言い見送ったそうです。

 何しろ、忘れ物が骨壺です。それも飛行機に乗る目的が、故郷での納骨法要。忘れたら乗る意味がなくなってしまいます。その窮地を手助けしてもらったということで、お二人はどうしても感謝の気持ちを伝えたくてメールを下さったというのでした。

 

 向井さんは日頃から、自らの事を少々「おせっかい」だと言います。よく道で困っている人に話し掛けるそうです。「今回、なぜ、母娘のお客様に声を掛けられたのですか?」と尋ねると、向井さんはこう教えてくれました。

 「空港では大勢の人たちが行き交います。そこには、一定の流れがあります。そんな中、歩き方が早い方や遅い方がいらっしゃると、自然に目が行くのです。なぜなら、その方々は、何らかのトラブルを抱えていることが多いからです」

 向井さんはいつも「困っている人がいないか」周囲に気を配りながら業務していることがわかりました。

 さて、今回のお話。大勢の人の流れの中で、「困っていそうな」母娘にこちらから声を掛けた、という「おせっかい」。自分の仕事だけで忙しいはずなのに、娘さんが骨壺を取りに行く間、お母さんに寄り添っていてあげたという「おせっかい」。他社のお客様にも関わらず、搭乗手続きのカウンターまで付き添い、さらに検査場まで同行し仲間に繋ぐという「おせっかい」。よく「おせっかい」が過ぎると、「有難迷惑」になると言います。でも、もし向井さんが「おせっかい」をしなかったら、間違いなく二人は飛行機に乗れませんでした。

 

 話を冒頭に戻しましょう。空港はさまざまな会社の集合体です。向井さんは、自分の勤めるANAのお客様ではないけれど、困っている人に手を差し伸べました。向井さんは言います。

「それは、空港のお客様だからです」

と。CS世界№1になったのは、きっとセントレアの個々で働く人たちが、向井さんと同じようなスピリットを持っているからに違いないと思いました。そんな一人ひとりが「繋がる」と「大きな力」になる。ラグビーの世界の有名な言葉を思い出しました。

 One for all, all for one

 「一人はみんなのために、みんなは一人のために」