マンガ版「建設業で本当にあったの心温まる物語」
「建設業で本当にあった心温まる物語」のマンガ版が発売になりました。
ただでさえ人手不足が叫ばれる昨今ですが、その中でも建設業は3Kと揶揄され、若者から敬遠されています。
しかし、物作りの根幹を担う建設業あってこその日本です。
その現場で働く人たちの「熱い思い」を若者に伝えるために、NPO「建設経営者倶楽部KKC」理事長の降籏達生さんは、長年にわたって「建設業で本当にあった心温まる物語」を発掘し、発信してきました。
そして、次の一手が「マンガ化」です。
名古屋デザイン学校&テクノロジー専門学校のみなさんの協力を得て、出来上がりました。
でも、メルマガでは、文字でしか伝えることができません。
その原作ストーリーから、2つ紹介させていただきます。
1冊500円ですが、学校関係者には、無料で配布されています。
憧れだった亡き父と同じ建設業へ
私の父は、建設業に勤めていました。
私は、小さい頃から、父の働く姿を見て育ちました。
そのせいか私は将来、建設業に就きたいと考えるようになり、父は私の憧れでした。
父は、仕事の話をあまり家族に話すような人ではありませんでした。
ただ二人っきりになると色々な仕事の話をしてくれました。
「ここの建物の外壁工事をしたんだぞ」
とか
「ここの工場の屋根の上での作業もやったが面白かったぞ」
など楽しそうにしたり、時には、嫌そうな顔で話したりすることもありました。
私は父に自分も建設業に就きたいと言うと、
「それならいつか一緒の現場で仕事ができるかもな」
と笑っていました。
私も、そのときはいつか父と一緒の現場で働ける日が来るかと思っていましたが、残念ながらその日は来ませんでした。
憧れだった父は3年前に亡くなりました。
その時に色々と考えることもありましたが、現在私は父に言った通りに建設業に就きました。
父は作業員でしたが、私は現場施工管理の道に進むことにしました。
父とは業種も違い、見たり感じたりする事など違うと思うけど、
憧れの父を超えられる様に努力していこうと思います。
色の魔術師「塗装工」
「お父さんが塗った外壁はキレイだなあ」
私が幼い頃に、父の知人に言われた言葉だった。
父は塗装業を営んでおり、幼いながらに父を誇らしく感じたのを覚えている。
父は昔、交通事故で右肘を怪我し、自由に使えず左手での作業が中心だったようだ。
それから10年が経ち、その外壁を自分が施工する立場になった。
遠くからみると大きく見えない物でも、近くに立つとはるかに大きい。
とても私一人では対応できない。
父はこれを左手のみで乗り越えてきたかと思うと、胸を打たれた。
建設業は、直接お客様の顔が見えにくい。
しかし、自分が施工した建物にお客様が笑顔で楽しい生活を送る事が連想できる。
それが何年、何十年と形として残るのは、建設業でしか経験できないのではないだろうか。
私の息子が、父に抱きかかえられた時、久しぶりに父の左手を見た。
この手には、家族への思い、お客様への思い、様々な思いがこの左手に込められていたのだと感じた。
「親父ありがとう、これから楽させてあげられるよう頑張るよ」