ケチャップ絵の達人たちの話

その① 仮面ライダー描いてよ~

 ミシュランガイドという本があります。レストランなどの飲食店を星の数でランキングするものです。その調査は、覆面調査員によって密かに行われるらしく、店の側は、「いつ、誰が」来るかわからないので戦々恐々。「まさか」という人物が調査員だった、ということもあるそうです。

 さて、こんな噂を耳にしました。

 小さなお子さんにケチャップで絵を描いてあげるモスバーガーのお店があると言うのです。それは、大阪の都島店でした。早速、店長さんに電話をして詳しく伺おうとしたのですが、やはり現物の絵が見たくなり訪ねることにしました。

 約束の時間よりも早く着いてしまったので、カウンター席に座りジュースを飲んでいました。すると、2歳くらいの女の子を連れたお母さんが、私の右斜め後ろの席に座りました。女の子はずいぶん大人しくて、じっと動きません。そこへ、女性スタッフが近づいて来ました。テーブルの前でしゃがみ込み、エプロンのポケットに両手を突っ込みました。そして、ポケットから出した二つの拳をテーブルの上に置いて、「どっちがいい?」と女の子に訊きました。

 女の子は、「なんだろう?」という不思議そうな顔をしています。よほど人見知りなのか、身動き一つしません。

 すると、女性スタッフは、右手を少しだけ広げて見せました。拳からビスコが顔を覗かせていました。左手の拳からはラムネ菓子が・・・。それでも女の子は、答えません。店員さんは、テーブルの上に二つのお菓子を置いて、再び言いました。

 「どっちがいい?好きな方を食べていいのよ」

 女の子は、お母さんの顔を見て「いいの?」という表情をします。お母さんが、「好きな方を取りなさい」と言うと、パッと明るい顔になり、ラムネ菓子を手に取り、封を空けて口の中に入れました。

 私は、唖然としました。

 このスタッフは何者なのかと。

 ハンバーガーショップにとって、子供は一番の大切なお客様です。キャラクターグッズをプレゼントしているチェーン店もあります。でも、「ここまでやる」ことに驚きました。

 

 その女性スタッフにお話を聞けることになりました。

 Nさんです。

 普段から、エプロンの右側のポケットにはビスコ、左側にはラムネ菓子、さらに胸のポケットにはペロペロキャンディが入っているそうです。そして、幼い子供さんに、「お名前は?」とか、「可愛い服着てるね~」と話しかけながら、お菓子のプレゼントをするというのです。Nさんいわく、

 「これは別に、私だけがやっているわけではありません。ものすごく忙しい時は別として、スタッフ全員がお子さんを見かけると、一緒に遊んであげる感覚でしていることです」

 「いやいや、こんなお店見たことありません」

と言うと、

 「他のお店のことは知りません。でも、うちのお店では普通なんです。さっきも、女の子に声を掛けてあげられたのは、キッチンやレジで他のスタッフの皆がきちんと働いていてくれるという安心感があるからできることなんです。私がレジに立つ時も同じです」

 覆面調査をするつもりはありませんでしたが、偶然にも思わぬホスピタリティあふれる接客を目の当たりにしました。

 

 さてさて、目的のケチャップ絵のことです。(おっと忘れてた!)

 2年ほど前、一人の男性スタッフが考え出したそうです。このお店では、元々お子さんが食べやすいようにとハンバーガーを4分の1に切ってプレートに乗せます。それでも子供は、食事になかなか集中できず、お母さん困らせます。パンやレタスを指で千切って遊び始めたりします。なんとか、子供に楽しく、美味しく食事をしてもらえないだろうか。

 そこで、白いプレートの空いている箇所に、アンパンマンやウサギ、ネコなどのイラストをケチャップで描いてあげたのです。すると、お子さんは大喜び!チキンナゲットやフライドポテトを絵のケチャップに付けて食べ始めました。食事がグーンと進み親御さんたちからも喜んでもらえました。

 「全部、ケチャップが消えるまで食べたら、また描いてあげるね」

と言うと、ますます頑張って食べてくれるのです。中には、

 「仮面ライダー描いてよ~」

とリクエストしてくる子も。

 一番に絵の上手いスタッフが見本にと描いてくれたケチャップイラスト集を見ながら、日夜、スタッフは自宅でケチャップ絵の練習に励んでいるそうです。(写真をご覧ください!)

 とても、フランチャイズ店とは思えないユニークなサービスに脱帽です。ところが、それはほんの序の口だったのです。 

その② 三度目に名前を尋ねる

 このモスバーガー都島店には、よくパジャマにカーディガン姿のお客様が来店されます。深夜ではありません。昼日中にです。

 すぐ近くに大阪市立総合医療センターという大きな病院があります。難病治療で知られ、患者さんが全国から来られる。

 そのため、可動式のポールを引いて来て、点滴をしながらコーヒーを飲まれるお客様もいらっしゃるのです。まるで、病院内の喫茶店みたいな存在なのです。毎日、同じ時間に来られるので、「入院されているんですか」と声を掛けると、「そうなんです」と一言。

 それがきっかけで、「温かいですね」「寒いですね」と会話が始まります。中には、「いや、実は、こんな病気でね・・・」とご自分から話される方もあり、都島店のスタッフはお話を聞いて差し上げるように努めているというのです。

 ハンバーガーを作ると言っても、ソースの量も肉・パンを焼く時間も決まっている。誰が作っても、マニュアル通りにすれば同じものが出来上がる。でも、その中で1%でもいいからホスピタリティをプラスアルファして、お客様に満足していただきたい。Nさんは、そこに働く喜びを感じると言います。

 その一つが、お客様への声掛けでした。

 都島店では一つのルールがあるそうです。それは、「3回、同じお客様の顔を見たら声を掛けよう」というものだそうです。例えば、本を読まれていたら、「何のご本ですか?」と。「村上春樹です」という返事があった際に思い切って「もしよろしければ、お客様のお名前を伺ってもよろしいでしょうか?」と。

 たいていのお客様が教えて下さるそうです。そして、その名前を他のスタッフにも教えて共有し、翌日からはみんなで名前でお迎えするというのです。まるで、リッツ・カールトンホテルみたいですね。

 入院生活をしていると、辛いし寂しい。誰かに話を聞いてもらいたいと思うもの。だから、声掛けする。でも、こちらは黙って話を聞いて差し上げるという姿勢に徹し、向こうから口にされるまで病気のことは尋ねたりはしない。

 顔色が悪いときには、「○○さん、しんどいですか?」と聞いて差し上げる。すると「薬がなあ・・・」とおっしゃる。髪の毛が抜けていたりすると、ある程度その状態もわかる。抗がん剤の副作用で気分が悪くなったり、手足が痛むのですね。また、「今日は検査やねん」と暗い表情の方も。「しゃべると何より気が紛れるよ」と嬉しそうに言われることともあるそうです。話し相手になることが大切なのだと実感するそうです。

 ある日のこと。余命1年と告知されていた常連の70歳くらいの男性のお客様が、

 「あかんワシなぁ、医者からなぁ、思い残すことがあったら今のうちにやっておくようにって言われてなぁ」

と。すごくしんどそうにおっしゃった。すかさずNさんが、

 「そんなこと言わんと、またお茶を飲みに来てよ~」

と言うと、

 「また来るわ~」

と言い、帰って行かれました。翌日、また来て下さったので、

 「元気そうやん」

と言ったら、笑顔で、

 「今日はちょっとマシやなぁ。今度一緒にご飯行こか」

 (これってナンパ!?)

 「私、高いお店に連れて行ってもらっていいですか」

 「ハハハ、いいよ」

なんて冗談を言い合ったそうです。

 

 店長のHさんからも、こんな話を聞かせていただきました。

 ずっと来て下さるお婆ちゃんがいるそうです。大らかで笑顔がとても素敵。いつも笑顔を拝見するだけで、心に温かくなる。いつしか愛称で呼び合うようになりました。

 ある日のことです。深刻な顔つきで、

 「さおりちゃん(H店長のこと)・・・」

 「Mちゃん、どうしたの?」

と聞くと、

 「がんになっちゃったんだよ」

そして、「手術が嫌なの、これで人生が終わりでいいの。このまま治療せず、薬も飲まずに死のうと思う」と青ざめた顔でおっしゃったのでした。Hさんは、思わず、

 「やめて~、私、Mちゃんのいない人生なんて考えられない。その笑顔がない毎日なんて!」

 そうしたら、なんと「わたし、手術するわ」と言って下さり、向き合って一緒に泣きました。今は手術も終えて、ずいぶん元気になられたそうです。

 

 他にも、「え?」と信じられないことがたくさんあるお店です。

 冷たい麦茶のサービスがあり、ハンバーガーを食べていたら、目の前にポンッと置かれてびっくり。まるで、下町のお好み焼き屋さんみたいです。夏場には朝一で、みんなでお湯を沸かして大量に作り、冷蔵庫に淹れて冷やしておくそうです。年配のお客様には、温めて湯呑でお出しすることも。

 帰りがけに、店を出て行く高校生に「頑張って勉強しいや!」と掛けるスタッフの声が聞こえました。

 物を売らずに心を売る。商いの原点がここにありました。

「心にビタミンいい話」番外編「あの店の、あの人に会いたい」

巻頭の「心にビタミンいい話」のモスバーガー都島店のH店長さんに伺いました。
仕事をする上で、何を大切をされていますか?
すると、こんな返事が返ってきました。
「今、お客様のために何ができるのか考えよう、ということです。
一歩外に出れば飲食店があふれています。誰もが食べたいものを食べることができます。でも、ピザが食べたい、カレーが食べたい、ハンバーガーが食べたいというのではなく、『誰々に会いに行きたい』というものを私たちが提供できたなら、自ずと来店していただける回数も増えるに違いないと思うのです。

 オーナーから店長を拝命したときに、Hさんはお婆ちゃんからお祝いに贈られた歌があると言います。

 「金剛石も磨かずば 玉も光は添わざらん 
  人も学びて後にこそ まことの徳は現るれ」(注)

 ダイヤモンドも磨かなければ光ることはない。人も同じ。勉強をしてこそ徳が身に付くという意味です。
 まさしく、都島店のスタッフは、みんなピカピカに輝いていました。

(注)「金剛石も磨かずば」という御歌の詞の冒頭からの引用。明治天皇の妃の昭憲皇太后の作詞として知られています。