お婆ちゃんとケーキ屋さん
こんな話を耳にしました。たまたまですが、これもモスバーガーの長崎県のお店で、実際にあったエピソードです。
それは、ある年のクリスマスの出来事だったそうです。
お店に一人のお婆ちゃんが訪れました。レジのところで、
「ケーキをください」
と言いました。
(え!? ケーキだって?)
店員はおかしいなと思いました。お婆ちゃんに聞くと、表に大きなクリスマスツリーが飾られていたので、てっきりここはケーキ屋さんだと思ってしまったというのです。
赤面して戸惑っているお婆ちゃんの姿を見て、この店のオーナーは、
「お婆ちゃん、車に乗ってください」
と言いました。そして、車を走らせて一番近くのケーキ屋さんまで連れて行きました。お婆ちゃんが喜んでくれたことは言うまでもありません。何度もお礼を言われました。
オーナーは、「クリスマスに人の役に立ててよかったな」と気分を良くして、その他の用事もついでに済ませてお店に戻りました。
ところがです。さっきケーキ屋さんまで送って行ったはずのお婆ちゃんが、お店の中にいるではありませんか。これはどうしたことでしょう。レジで接客している店員が、お婆ちゃんにチキンを手渡すのを見て合点がいきました。なんと、そのお婆ちゃんは、わざわざチキンを買うために戻って来てくれたのでした。
話を聞いてさらに感激しました。ケーキを買ったあと、わざわざケーキ屋さんでタクシーを呼んでもらい、「モスバーガーさんへ」と言って踵を返してくれたのでした。
思わぬクリスマスプレゼントをもらったのは、当のオーナーの方でした。
長崎のお婆ちゃんは、本当に嬉しかったのでしょう。モスバーガーのお店にとってはお客様ではありませんでした。それを承知で、ケーキ屋さんまで送ってくれた。売り手と買い手の関係を超えた「思いやり」が、お婆ちゃんの心に染みたのでしょう。
「お婆ちゃんとケーキ屋さん」に学ぶ気づきのキーワード
「思いやりの気持ちは、案外すぐに還ってくるもの」
経営者の皆さんの団体から講演を頼まれると、許される限り「ギブアンドギブで上手くゆく」という演題でお話をさせていただいています。
ギブ・アンド・テイクではありません。あくまでも「ギブ・アンド・ギブ」。人に、与えて、与えて、さらに与えて見返りを期待しない生き方のことです。「ギブアンドギブ」こそが、幸せな人生を手に入れる一番の近道なのだとお話します。
この「ギブアンドギブの精神」の実践は経営にも通じます。それを実証するようなお話が、この長崎のモスバーガーさんのエピソードです。オーナーは、見返りなんて期待していなかったに違いありません。ただただ、お婆ちゃんに喜んでもらいたかっただけ。
ところがです。ものの一時間もしないうちに、お店の売上という形で還ってきてしまいました。
「買って欲しい」という気持ちが強くなると、それは「売らんかな」という態度に現れます。ギブの反対のテイクですね。やがて、お客様が潮が引いたように去ってゆきます。
目の前の利益を追いかけるのではなくて、本当にお客様のためを思って行動は、先々での利益に繋がるものです。
1717年創業の「大丸」の家訓に、「先義後利」があります。利は後にして、まずは義を先にするものが栄えるという教えです。初代・下村彦右衛門が説いたものです。
当時は、ご存じの通り「士農工商」の社会。その根底にあるのは儒教の教えで、金儲けは卑しいものとされていました。その上、商人は大名への金貸しとして実質的な力を持ってはいましたが、反面、蔑まれていました。
そんな社会の中で、あえて「大丸」は「先義後利」を掲げました。おかげで、後年、大いに救われることになります。大塩平八郎の乱です。大阪で起きたこの騒動の際に、多くの商家が民衆に襲われました。しかし、「大丸」だけは、大塩の「大丸は義商なり、犯すことなかれ」という命により焼き討ちを免れたのです。
この家訓は、言うまでもなく、「利益を追い求める者は、結局滅びるよ」「本当に儲けたければ、まずは義、つまり心を大切にすべし」ということを教えています。
昨今、コンプライアンス違反による事件が後を立ちません。いずれにも共通するのは、目先の利益ばかりを追いかけたということです。
よく、「お客様のため」とか「お客様第一」と言います。目先の自分の利益だけを追うのではなく、心底お客様のことを考えて差し上げること。それは必ず、お店の「信用」となって還ってきます。
だから、「ギブアンドギブ」でゆきましょう。大丈夫。ちゃんと見ていてくれる人がいます。思いやりの気持ちは、案外すぐに還ってくるものなのです。
(参考図書)千野信浩著「できる会社の社是・社訓」新潮社
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志賀内泰弘著「毎日が楽しくなる17の物語
~ようこそ心の三ツ星レストランへ」
(PHP研究所)に掲載