なぜ、彼女はスタバにスカウトされたのか?

 仕事をするにも、人と面談するにもよく利用しているのがスターバックスコーヒーです。

 店内に入ると、顔なじみのパートナーのМさんに手招きして呼ばれました。
 「志賀内さん。こちら、新人の『A』さんです」
 スタバではスタッフのことをパートナーと言い、お互いが愛称で呼び合います。胸の名札にも愛称が書かれているので、お客様からも愛称で呼ばれます。

 Aさん、と紹介された女性は、
 「よろしくお願いします」
と、笑顔でお辞儀をされました。でも、私は正直のところ心の中で「え!?」と戸惑いました。なぜなら、還暦を過ぎた私よりもかなり年上に見えたからです。失礼ながら、そんな高齢のパートナーさんに会ったことがないからです。Мさんは、さらに驚くべきことを口にされました。

 「Aさんは、店長がスカウトして来たんですよ」
 「え!なんですって? 店長がスカウトしたですって?」
 アルバイトのパートナーをスカウトするなんて聞いたことがありません。女性の年齢を書くのは憚られますが、74歳とのこと。店長さんが目をつけるほどだから、よほど「デキル」人物に違いありません。取材と言うと堅苦しいので、「今度ゆっくりおしゃべりしましょう」と言い、『A』さんをお茶に誘いました。

 その『A』さん。とてつもなくアクティブな人物でした。まずは、ボランティアの達人。長年にわたり熱田神宮のガイド、トマトハウスでの援農、氏神様の清掃活動など数え切れないくらいのボランティアをしてきたといいます。
 また、スロージョギングクラブに入会しており、ホノルルやウィメンズ、指宿マラソンなどに参加し、完走もしているというタフネスです。
 主婦。にもかかわらず、あれもこれもの活躍ぶりです。しかし、一方では、10年間にわたり義母の介護をされていました。その際には、御主人が家事全般をフォローし、まさしく二人三脚で看取られたと言います。

 さて、2年余り前のことです。そんなAさんを、悲しみが襲います。一番の理解者であるご主人が亡くなったのです。Aさんは、生きる気力を失いました。私も妻を亡くした時、何もする力が湧いて来ず、ただ日がな一日、ボーとして暮らしていたことがあるのでよくわかります。
 それでも、「一人は淋しい。だから死にたい、というのでは、生きたくても生きられない人たちに対する不遜だ」と気付いたそうです。そんな時、始めたのがプロギングでした。スウェーデン生まれのフィットネスで、要するにジョギングしながらゴミ拾いをするという健康と環境をセットにした新感覚のスポーツです。
 Aさんが、公園でプロギングをしていた時、声を掛けて来たのがスタバの店長だったのです。

 今度は、その店長さんに、
「なぜ、Aさんをスカウトされたのですか?」
と、尋ねました。
 「プロギングの仲間の中で、いつもみんなと話をしているという印象を持っていました。本人は、『話しかけられないと話さないよ』と言っています。まさしく、みんなが話したくなる人なのです。70歳代になっても、シャキッとしてカッコよくて魅力的です。ボランティアなどいろんな活動をされていること、それも好奇心を持って参加されていることを拝見して、眩しく感じたのです。最初に思ったのは、『私もこんなふうに歳を重ねたいな』ということでした。そして、次に、『Aさんが、うちのお店にいてくれたら、どんなに素敵だろうなあ』と思いました。やがて『一緒に働きたい』という思いが募り、お誘いしたのです」
その店長さんから、大きなことを学びました。それは、「働く」ということの意義です。それは単にお金のためではない。同じ職場で働く者が、みんな笑顔になれること。ひいては幸せになれること。店長さんは、それを願った店づくりをされているのです。そう、ついつい忘れがちですが、人は「幸せになる」ために「働く」ことに他ならないのですよね。

 さて、店長さんは、さらにこんなことを言います。
 「何歳になっても好きなことをし続けたり、新しいことにチャレンジできることを、まみぃと接することでお客様やパートナーに、感じて欲しいのです」

 その昔、サラリーマンをしていた頃、ムードメーカーというべき同僚がいました。明るくて社交的。ミスをしてもめげない。宴会があると妙に張り切る。理屈ではなく、彼のおかげでいつも職場に活力がみなぎっていました。一人の人間の存在の大きさを、いつも感じ入っていたものです。
私も早速、Aさんの影響を受けました。何歳になっても、新しいことを始められるはず。負けてはいられないぞと。

 それにしても・・・そんなAさんをスカウトしてしまう店長もすごいなあ。