第30回 二人の穏やかで幸せなひととき

平成29年4月10日、愛知国際病院のホスピスに入った。ホスピスでは治療は行わない。痛みや苦しみを最大限取り除く緩和ケアのみ。ただ、呼吸が苦しくなった時の措置を尋ねられる。カミさんは「一切、延命措置はしないで欲しい」言う。私も同意。信じられないくらいにカミさんはご機嫌だ。まるで、死への旅たちがピクニックのよう。「痛くなければいい」と言う。

水が貯まってお腹がどんどん膨らむ。足のむくみが著しくなる。それでも、よろよろと部屋の中を歩いて冷蔵庫へ行く。私が買って来た好物のファンタクレープ、CCレモンをグイグイッと飲み干す。もう後は死ぬだけだ。糖尿病の悪化の心配をする必要はない。「プファッ!ああ~美味しい~幸せだなぁ」と満面の笑顔。「僕ももらっていい?」「いいよ~」と言い、二人で乾杯。

三時にはボランティアの人たちが、おやつを出してくれる。喫茶店のようにメニューを持って各部屋を回る。カミさんの好物は、かき氷。これまた「美味しい~」と言う。徐々に衰弱し自分では食べられなくなる。私か看護師さんが後ろから支えるようにして、最後の最後まで、ファンタとかき氷を口にした。

ホスピスに入った時、私の体力も限界に来ていた。私の方が先に倒れてしまうかも。ホスピスへは自宅から毎日、高速道路を使ってタクシーで通った。夜6時か7時に「また明日ね」と言って部屋を出る。カミさんが言う。「本当は泊まって欲しいけど、あなたが倒れてしまうと困るから帰って休んで」と。後ろ髪を引かれるとはまさしくこのことだ。それでも迷う。最期の日が近いことを先生から告げられる。だが、その最期の日は決まってはいない。

大学からの親友K君が毎日連絡をくれた。「生きてるか?」と。カミさんではなく私の方の生存確認だ。K君に言わせると、私はとうに心身ともに限界を超えているのだという。私は気付いていないが。

とっくに寝返りも打てない。いつものように背中の下に手を差しこんでマッサージをしていた。意識はない。「気持ちいいか~」と話しかける。5月13日午後3時。呼吸の間隔が長くなった。20秒、次は30秒。腕時計で測る。60秒を超えたが息をしない。ナースコールを押した。私は泣かなかった。なぜか、その瞬間、心の中にフワッと温かなものが湧き上がって来た。それが全身に広がった。「ああ幸せだ」と思った。充足感か。一人の女性を幸せにできたと。5月13日。6年余りの看病・介護が終わった。