「三方よし」を実践する

 再三にわたり、「損と得の道あれば、迷わず損の道をゆく」こと、そして、ギブアンドギブの精神について語ってきました。
それが、成功の秘訣であり、幸せな人生を過ごすための王道であると頭ではわかっていても、言うは易し行うは難し。一度に頂上へ行けるものではありません。
一歩ずつしか高見へは登れないのです。

 唐突ではありますが、近江商人の教えに「三方よし」というものがあります。

「売り手よし、買い手よし、世間よし」

「売り手」と「買い手」というのはすぐにわかるとして、「世間よし」とはどういうことなのでしょうか?すぐに思いつくのは、企業の社会貢献です。お客様や取引先、社員、株主のためだけでなく、メセナ(文化・芸術の支援活動)やボランティア活動を通じて世の中のために役立つことをすることです。

 日本では江戸時代から、商人は神社・仏閣に多額の寄付をしていました。河川などの工事にもお金を投じていたそうです。自分のためだけにお金儲けをすることは、商いを長続きさせないということを知っていたからに他なりません。
 
 さて、あるとき、友人である合資会社ダスキン熊本・本部長の池田大信さんから嬉しい申し出を受けました。
拙著「なぜ「そうじ」をすると人生が変わるのか?」(ダイヤモンド社)を、何十冊かまとめて買ってくれるというのです。社員さんに自己啓発として読んでもらうとのこと。私は、天にも昇る気分でこう言いました。

「私の名前で出版社から直接買えば、著者特典で八掛けになりますよ」

と。すると、電話の向こうから、意外な返事が・・・。

「いいえ、それはよくないです。地元の本屋さんで注文させていただきます」

「え?なぜですか」

と問うと、

「定価で買えば、その分(2割)を地元の本屋さんに儲けてもらうことができます」

と言うのです。びっくりしました。あえて、自分は2割損をしてもいい。その代わり地元の熊本の本屋さんは売上が立つ。その本屋さんが潤えば、本屋さんの社長や従業員さんの給料が上がり、地元の熊本のどこかでお金を遣うことになります。そうして、お金がグルグルと回って地域経済が活性化されます。

 反対に、みんなが値切れば、結局、みんなが損をする。何も「売り手」から「買い手」が安く買えればいいというものではない。値切れば、相手が損をし、世間も損する。みんなが「言い値」で買えば、みんなが潤う。

 その瞬間、パッと頭に浮かんだのが、「三方よし」の「世間よし」のことです。一見、自分は2割損するようには見えますが、やがてグルグルと回って自分にも還ってくるのです。

 おそらくは彼は、いつもそうしているのでしょう。電化製品を買うときも、車を買うときにも。物を買うという行為一つにも、その人の生き様が出てきます。
まさしく、「損と得の道あれば迷わず損の道をゆく」というダスキンの創業者・鈴木清一さんの教えを引き継いでいるんだなと確信しました。

 話を戻しましょう。

「損の道をゆく」こと

 そして、ギブアンドギブ。

簡単にはできません。人間ですから、欲がある。人よりも自分が大切。当たり前のことです。

 でも、欲のほんの一部を削って、相手のため、周りのため、社会のために譲ってあげる。「世間よし」です。その「世間よし」を、少しずつ、少しずつ増やす努力をする。最初は迷いがあるでしょうが、そのうち慣れてくる。いや、すすんで「世間よし」をしたくなる。なぜなら、それが自分の幸せに繋がっていることを体感するからです。

 「損の道をゆく」ことは険しいけれど、それは自分も含めた社会全体の幸せに導いてくれる「道」です。