とある焼肉屋さんで

 群馬県高崎市に内堀一夫さんという元・小学校の教諭がいらっしゃいます。現在は「まごころ塾」という名前の会を主宰して、学校の先生のための学校を開いておられます。この会には財界・スポーツ界など各界のトップの方々が手弁当で講師に駆けつけます。

 その内堀先生から、こんな便りが届きました。それはある日、内堀先生が焼肉屋さんに出掛けたときのお話だそうです。

 仲間とわいわいと焼肉をつついていると、すぐ後ろの席のご夫婦がお勘定をして帰り支度を始めました。ふと、そのテーブルを見たら、びっくりして目を見張ってしまったそうです。食事をした食器が、きれいに一つにまとめて重ねられて置かれてあったのです。一番下にご飯のドンブリ。その上に焼肉の皿が。そして一番上には、焼肉のタレの小皿。

 それだけではありません。テーブルの上はもちろんのこと、鉄板の上までもが、ちり紙できれいに拭いてあったというのです。

 内堀先生は、長年、子供たちの教育に関わっておられることから、掃除や後片付けということに重きを置かれておられます。お客さんという立場で訪れた店で、ここまできちんとされる人とはどこの誰なのか。どうしても知りたくなり、お店のおかみさんに尋ねました。

 それは、近所でダスキンの店を経営するご夫婦だったというのです。ダスキンといえばご存じの通り、掃除道具のレンタルをする会社です。日頃からきれいにするのが仕事ととはいえ、まさにお見事と思ったそうです。

 自分がお客さんになった時にも、そこで働くお店の人たちの立場になって行動しているのでしょう。さすがダスキンです。

 ところで、内堀先生は、イエローハット相談役・鍵山秀三郎さんと親交が深く、「まごころ塾」の講師として何度も鍵山さんを招いておられます。その鍵山さんといえば、掃除を通して心と社会の荒みを無くすことを目指す「日本を美しくする会」の代表として知られていますが、氏の著書「頭のそうじ心のそうじ」(サンマーク出版)の中でこんなことを書かれていることを思いだしました。

 富士山の麓にある経団連の研修所の研修室や宿泊室では、飲食が禁止されているそうです。でも、イエローハットの社員だけは研修室での飲食が認められているといいます。なぜなのか。イエローハットの社員は、食事の後始末をきちんとすることを施設の人たちが知っているからだというのです。

 それだけではありません。食堂で何人かで食事をしたときには、余った食べ物は全部一つの大皿にとりまとめ、空いた皿はテーブルの端に重ねて置く。もちろんテーブルもきれいに拭いてある。たったこれだけのことで食堂の人の仕事は軽減され、喜んでもらえる。研修所ではこちらがお客さんだけれど、常日頃から掃除と清潔を心がける教育をしているから自然にできることだとおっしゃいます。
 
 わかっているようでいて、なかなかできないことがあります。それは、相手の立場に立って行動するということです。買い物に出掛けると、こちらがお客さんになります。すると、お店の至らない点が見えてきます。でも、今度は自分が物を売る立場になると、自分がお客さんだった時のことを忘れてしまいます。こんな簡単なことですが、「言うは易し、行うは難し」です。

 焼肉屋さんでのたかが一回の食事から、多くのことが見えてきました。
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 内堀先生は、故人になられましたが、その志はお弟子さんである学校の先生方に今も引き継がれいます。

 合掌。