ドーナツを落としちゃった!

 縁あって、ミスタードーナツの本社事業部の方からお話を聴く機会に恵まれました。

 毎日、客様から電話やメールで、たくさんのクレームが届くそうです。

 社内の通路の掲示板に、そんなお客様からのお叱りの手紙が張り出す。社員がそれを見て、反省するとともに明日への糧とするためです。
 そんな中、絶対数はクレームに比べて遥かに少ないけれど、「ありがとう」という手紙やメールもあるといいます。

 個人情報などの面から、支障のない範囲で、200件ほどの「サンキューレター」を見せていただきました。
え!!そこで、びっくりしたことがありました。
大勢のお客様から、まったく同じような場面での「ありがとう」の声があったのです。

 それは・・・こんな内容でした。
                    
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「福島西口ショップにて」

 1月3日に子供とお店を利用しました。店内で飲食している時に、子供が食べかけのドーナツを落としてしまったのですが、無償で新しいドーナツを持ってきてくれました。お礼が遅くなってしまったのですが、子供も喜んでいたと伝えてください。

「イオンモール新瑞橋ショップにて」

 お正月ころの出来事ですが、私の不注意で会計前のドーナツを落としてしまいました。店員さんは嫌な顔せずに、取り替えていただきました。その時のお礼を言いたいのですが、なかなか店舗に行くことができず、まだお礼を言えていない状況です。

「静岡城北ショップにて」

 今日お店を利用した際に、私がテーブルにジュースをこぼしました。店員さんがすぐに対応してくださり、お皿にあったパイまで全て交換していただきました。ご迷惑かけましたのにありがとうございました。

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 お客様が、ドーナツを落としてしまった。
 ジュースをこぼしてしまった。
いずれも、お客様自身のミスです。にもかかわらず、新しいドーナツをもう一つタダでくれたり、ジュースを交換してくれたりしたというのです。
 この話を目にして、ハッとしました。なぜなら、私にも似たような経験があったからです。

○「ムムッ、お主できるな!」

 家の近くのミスタードーナツへ行ったときのことです。レジでバレンシアオレンジジュースを注文しました。スタッフの女性は、「かしこまりました」と言うとクルッと後ろを向き、コップを手にしてジュースを注ぎ始めました。その時、私は、「しまった!」と思い、慌ててその女性に声を掛けました。

「ごめんなさい、氷を少なめにしてもらえますか?」
胃腸が弱いので、いつもそうお願いしているのです。ところが、私の声が小さかったからか、店内がざわついていたせいか、声が届きませんでした。そのスタッフの女性は、近くにいた他のスタッフに、「お客様(私のこと)が呼んでいるよ」と言われて、慌てて私のところまで駆け寄って来られました。

 「はい、何かございましたか」

 ガラスのコップには、もうジュースが注がれていました。そこには、満杯の氷が・・・。私は、
「いえいえ、もういいです。氷を少なめにとお願いするのを忘れてしまって・・・」
と言いました。すると、

 「わかりました。作り直します」

 そう答えると、サッと別のコップを手に取り、氷を2つほど入れて私の前に差し出されました。

 「これくらいでいいでしょうか・・・もっと少ない方がよろしいですか」
 「いえいえ、アレでいいですよ。申し訳ないです」
 「大丈夫です。すぐにお作りし直しますね」

 私が次の言葉を発する前に、ジュースを注いでトレイに乗せてくれました。

 スプーンか何かで、コップの中の氷をかき出すという方法もあります。「もう作ってしまったので」と答えてもクレームにはならないでしょう。注文する際に、頼まなかったのはこちらの責任です。それなのに何の迷いもなく、サッと作り直してのれたことに、
 「ムムッ、お主できるな!」
と思いました(女性なので、お主というのは失礼かな)。

 それはマニュアルですか?

 私には、口癖のように使ってしまう言葉があります。
「それはマニュアルですか?・・・それとも?」
です。ホテルやレストランなどで、何か特別なサービス、ちょっと気遣いをしてもらうと、いつも思うのです。
「これって、マニュアルなんだろうか?」
そこで、どうしても確かめたくなり、名古屋でミスタードーナツの加盟店を経営する会社の社長さんに「こんなことがあったんだけど」と訊ねました。

 すると、想定外の返事が返ってきて驚いてしまいました。

 「うちのスタッフをお褒めいただき、ありがとうございます。それは、マニュアルではありませんが、お客様の立場に立って接客をするように指導しております。本来は、お客様に言われる前に、『氷の量はいかがいたしましょうか?』と言えなければならないと思います。でも、そこまで、できていないのが現状です」

 「いえいえ、小さなことですが、感動しました。ミスタードーナツ本社の知人から、こんな話を聴いたことがあります。お客様が店内で食べている最中、ドーナツを落としてしまった。そんな時には、無料で新しいドーナツをもう一つ提供されるというのですが本当ですか?」

 「はい、うちの店でもそうしています」
「それは、マニュアルなのですか?」

 「いいえ、それもマニュアルではありません。手前味噌になりますが、他にもスタッフに指導していることがあります。例えば、テーブル席について、コーヒーを飲んでいらっしゃるお客様が、たまたま、何かの拍子にコーヒーカップに肘が当たり、コーヒーが零れて服が汚れてしまった。そんな時には、服を拭いて差し上げるのはもちろんですが、コーヒーを無料で入れ直してお持ちするようにと」

 「え?だって、零したのはお客さん自身の責任でしょ」
 「はい、それでも気持ちよく過ごしていただきたいので」
 
 実は、このお話。活字にして発表してもいいだろうかと迷いました。褒めるつもりが、反対にミスタードーナツさんにとって、迷惑になる可能性があるからです。

 ミスタードーナツは、ダスキンが本部として展開するフランチャイズのお店です。全国のお店は、加盟店としてそれぞれに別の経営者がいます。あるお店が、「特別のサービス」をするとします。今回のように。すると、もし、他のお店で、まったく同じことが起こった場合、「以前、どこどこの店では、ジュースを作り直してくれたゾ」とか「あちらの店では、コーヒーをもう一杯サービスしてくれたわよ」というクレームに繋がりかねないからです。

 サービスの均一化。それが、フランチャイズの宿命なのです。

○悲しい思い出にならないように

 そこで、今度は、ダスキンのミスタードーナツ事業部の知人にズバリ訊ねました。
 「こんなとこがありましたが、書かせていただいてもよろしいでしょうか」
 すると、こんな答えが返ってきました。

 「マニュアルではありませんが、加盟店さんには、そういう場合には無償でもう一つ差し上げるようにと勧めています。たとえば、幼いお子さんがドーナツを落としてしまったとします。すると、お母さんに叱られてしまいます。せっかく楽しみにして来て下さったのに、そのお子さんにとっては悪い思い出になってしまう。ミスタードーナツは、楽しい場所であって欲しい。そういう願いから、損得ではなく、喜んでいただけるために新しいものを差し上げたいのです」

 ひょっとすると、9割食べてしまってから、わざと自分で床に落として、
「落としちゃったから、もう一つください」
なんていう人がいるかもしれません。それでも、ミスタードーナツがこういう対応をしていることを公表してもいいのか。
「私のときには、交換してくれなかった」
などという別のクレームにも発展しかねません。そこで念押ししました。

 「書かせていただいてもいいでしょうか」
 すると、即答されました。
「どうぞ、どうぞ」
簡単なことのようで、たいへん勇気のあることだと思いました。

 ちなみに、私が体験したオレンジジュースのお話は、名古屋市北区にあるミスタードーナツ黒川店での出来事です。マニュアル・オンリーだと思いがちなファーストフード店ゆえに、心に響く接客。マニュアルを超えようとするスタッフの笑顔がステキでした。その瞳は、キラキラ輝いていました。 

 最後にもう一つ、こんなサンキュー・メールも紹介しましょう。
落としちゃったドーナツの話よりも、もっとスゴイ!と思ったので紹介させていただきます。
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「アピタ新潟亀田ショップにて」

さきほどお店を利用しました。麺を注文していて席で待っていたのですが、その間に持って来てくれてたみたいなのですが、席に着いた時に麺がのびていると思うので取り替えますと言ってくれました。お礼を言っておいてください。

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