志賀内泰弘著「No.1トヨタのおもてなし レクサス星が丘の奇跡」PHP研究所より

終章(あとがき)

 最後の最後に、どうしてもこの話をお伝えしたくて温めておいた。
 レクサス星が丘を初めとして、ネッツ東名古屋、キリックスリースなどを擁するキリックスグループの創業者である社主の山口春三氏にお目にかかった時、中空を仰ぐようにして語られたエピソードだ。

 春三氏は、和歌山県の農家の生まれだ。戦時中から戦後の混乱期にかけて、幼いながら家業の手伝いをして暮らしていた。戦争に次々と男が駆り出されたため、村には働き手がいなくなってしまった。山口家でも父親と兄を兵隊に取られて女と子どもだけが残された。春三氏はまだ小学生ではあったが、身体には自信があり一人前に耕作することができた。
 自分の田んぼを耕した後、ふと見ると隣の田んぼが荒れたままになっている。戸主が出兵したことを知っていたので、「ついで」と思い耕した。当時のことだ。耕運機のような機会があるわけではない。人力と牛の力で何日もかけて耕すのだ。
 それが終わると、そのまた隣の田んぼが目についた。やはり働き手を奪われてそのままになっている。「それじゃあ、ここも」と耕した。そうこうするうち、近隣の田んぼは、すべて春三氏が耕してしまった。
 もちろん頼まれてしたことではない。あくまでも「ついで」だ。
 ところが、近所の人たちから「ありがとう」と再三感謝され、「何か困ったことがあったら言ってほしい」と頭を下げられた。これは春三氏にとって意外な事だった。
 「何もお返しを期待してやったわけではないのに、なぜ、みんな感謝してくれるのだろう」 
 素直にそう感じた。
 実は、この時の思いが、すべての仕事の原点にあると言う。


 「見返りを期待せずに与えれば必ず返ってくる」
 これこそがレクサス星が丘のお客様に対する思いを集約していると言っても過言ではない。レクサス星が丘を初めとして、キリックスグループの社員は、誰もがこの話を事あるごとに聞かされて知っているこという。
おそらく本書をご一読いただいたみなさんは、ここまでに紹介してきた「レクサス星が丘神話」と呼ばれる数々のエピソードが、このキーワードと深く結びついてることを実感していただけたものと思う。

 筆者が講演会などで必ず披露する話がある。客家(はっか)の教えだ。
中国南部の福建省に客家という少数民族がいる。元々は中国全土を支配していた漢民族の一部の末裔らしい。しかし、北方民族が攻めて来た際に、難を逃れて来た。彼らは特殊な建築様式の家に住んでいる。イタリアのコロッセオのように、円型の外周部分が三、四階建てになっていて、各階に何軒もの家族が住んでいる。ちょうど中庭の見下ろせる高層筒型アパートといったイメージだ。これは現在、世界遺産に認定されている。
 入口を閉じると、外敵も侵入できない。中には、長期に篭城できるために、ブタやニワトリなどの家畜を飼っている。遠い祖先たちが、多民族との戦いに追われて南下したという歴史が、こうした強固な閉鎖社会を作り出した。
しかし、少数民族ながら中国の孫文や鄧小平、台湾の李登輝、シンガポールのリ・クワンユーなどの名だたる政治家、そして世界中に広がる大富豪の華僑など有能な人材を多く輩出し、東洋のユダヤとも呼ばれている。


 ここの長老に、日本のテレビ局のレポーターがこう尋ねた。
「なぜ、この小さな村から優れた人物が生まれたのですか」
長老いわく、
「隣の人に親切にしてもらっても、その人にお返しをしてはならないという教えが伝わっているのだ」
と。パッと聞くと首を傾げてしまう。しかし、長老は続ける。
「右隣の家の人に親切にされたら、反対の左隣の家に人に親切をしなければならない」
なるほど。円型ドームなので、それを続ければ、いつの日か回りまわって自分に還ってくるという理屈だ。そういう「生き方」を実践して、多くの成功者が生まれたというのだ。
しかし、返ってくると言っても、「すぐに」ではない。いつの日かもわからない。この話の本意は、「返ってくるなんて期待するな!いつか必ず返ってくるんだから、期待せずに安心して与えなさい」ということにある。
これこそ、山口春三氏の幼き日に悟ったこととぴったりと重なる。

「世のため、人のためにお役に立つ」
そして、
「想いの実現に向け、成るまでやる」

本書を読了された方は、もう気づかれていることだろう。
レクサス星が丘の成功は、誰にも真似することのできない超人、超能力者が成し遂げたものではないことを。
挨拶も笑顔も、お客様の名前を覚えることも、365日サービス体制を作るための創意工夫も、誰でもやろうと思えばできることばかりである。
大切なことは、
「誰でもできることを、誰も真似できないくらいに徹底して続けること」なのだ。その積み重ねの先に「奇跡」がある。
レクサス星が丘のように、読者のみなさんのもとにも「奇跡」が訪れることを願ってやまない。
                                志賀内泰弘