スタバで出逢った「やさしい嘘」

 散歩の途中でスタバに立ち寄った時のことです。
セルフサービスのお店のため、注文の列に並んでいると、少し離れたテーブル席からザワザワと声が聞こえてきました。
振り返ると、テーブル席で勉強していた大学生らしきカップルが、隣のソファ席の二人組のお婆ちゃんのところに行き、何やら話しかけているのです。

 聞き耳を立てると、
「ゆっくり考えてね」
「ここに来てから、トイレに行った?」
「いつもは、カバンのどこへ入れるの?」
カレシとカノジョは交互にお婆ちゃんたちに話しかけながら、テーブルの下に潜り込んだり、周囲をぐるぐると見回しています。
「う~ん、テーブルの下には落ちてないなあ」
どうやら、何かを探しているらしいのです。
私は、列から離れて声を掛けました。
「どうかされましたか?」
「こちらのお婆ちゃんが、自転車の鍵が見当たらないとおっしゃるんです」
二人組の一人のお婆ちゃんが言いました。
「いつもは、ここに置くの」
とテーブルの上を指さします。自分とお友達の席の真ん中辺り。もちろん、そこには何もありません。

 「ひょっとして下に落ちたのかも、と思って探したんですが見つからないんです」
「私も、一緒にもう一度探しましょうか」
そう提案し、ちょっと離れたところまで範囲を広げて、カップルとお婆ちゃんコンビ、それに私の5人で捜索しました。しかし、鍵は見つかりません。
「困ったわ。あれがないと、自転車で家に帰れない」
どうしたらいいのか。困り果てたその時でした。

 お店の女性スタッフさんが、カウンターの中から出て来て、話しかけてきました。
「どうかされましたか?」
今度は私が答えました。
「こちらのお客様が自転車の鍵を失くされたようなんです」
「そうですか。私が探しますので、お客様はゆっくりお寛ぎください」

 25.6歳くらいの笑顔の素敵なスタッフさんにそう促され、カップルは自分たちの席へ、私はレジの列へと戻りました。
私は、コーヒーを受け取り、空いている席に座って本を読み始めました。しかし、その後も心配になって、チラチラとお婆ちゃんたちの様子を遠巻きに見ていました。スタッフさんは両膝をついて、お婆ちゃんの話を聞いていました。そして、テーブルの下をのぞき込んだりしています。

 さて、しばらくの間、読書に夢中になって30分ほどが経った頃でしょうか。思い出してふと振り返ると、お婆ちゃんたちの姿が見えません。
とうことは・・・鍵が見つかったということかな。
ホッとして、再び、読書を続けました。

 帰りがけ、先ほどのスタッフさんのところへ行き、
「見つかったんですね、鍵」
と言うと、苦笑いして答えられました。
「いえ・・・失くされたわけではなくて」
「え?どういうことですか?」
「はい・・・実は」
その意外な事実に、私は言葉を失いました。

 あの二人組のお婆ちゃんは、そのお店の常連さんだといいます。鍵を無くされた方のお婆ちゃんは、今までにも何度も「鍵が見当たらない」と言われて、あちこちを探し回られたことがあるというのです。その都度、スタッフさんが一緒になって探してあげる。でも、見つからない。
「困ったわ~自転車に乗れない」
とお婆ちゃんは、泣き出しそうになる。お友達のお婆ちゃんも一緒になって落ち込んでいる。でも、不思議なことに、ちゃんと自転車で帰宅され、次の日にもまた二人で自転車に乗ってコーヒーを飲みに来られるというのです。

 「内緒です。あのお婆ちゃん、認知症らしいんです。だから、鍵を無くしたというのも思い違いなんです」
なるほど。スタッフさんは、それがわかっていて、それでもあえて「私が探します」とおっしゃられたのでした。毎回、毎回、騒ぎが起こるたびに、何度でも話に耳を傾け、落ちていないはずの鍵を探してあげる。なんという優しい人なんだろう。

 優しい嘘をつける人。
彼女が天使に見えました。