名鉄タクシー №1ドライバーに聴く(その2)

「オヤジ、オフクロ、今日も頑張るで」

 バブルの時代からタクシー運転手をしている人の中で、いつも愚痴を言っている人がいるそうです。「あの頃はよかったなぁ」と。そういう人たちは、会社に戻ると愚痴を言い合います。「今日はアタリがなかった」「コロばっかりで、やってられんわ」と。「コロ」とは1メーター500円のお客様のことだそうです。古川さんは社内の研修講師も務めています。そこで「コロのお客様を大切にしましょう」と話しますが、なかなか理解してもらえないそうです。人はどうしても、目先の利益に惑わされるもの。長距離狙いから頭が切り換わらないのです。では、どうして古川さんには、それができるのか?

 それは父親の姿を見て身に付いたものだと言います。

 今も青森で健在のお父さん(90歳)は、若い頃、地域の仲間50名くらいを引き連れて、東京に出稼ぎに行っていました。昔から人に頼まれると断れない性分。みんなに頼られる親分みたいな存在でした。生活に困っている仲間から「お金を貸して欲しい」と言われると、自分が借金をしてでも、それこそ味噌を舐めて食事をすることになっても、お金を貸してしまうほどでした。

 「オヤジがいつも言うんです。人に、いいことをすると、絶対に自分に返ってくる。自分にプラスになる。まあ、返って来なくてもいいじゃないか」
幼い頃から、そう耳にしていた古川少年は、いつの間にかそれが当たり前のように身体に沁みついていたそうです。

 だから、困っている人を助けるだけでなく、目の前の人を喜ばせるにはどうしたらいいかをいつも考える。お客様に喜んでいただければ、いつか自分に返ってくると確信しているそうです。

 ある日、ホテルの前からコロのお客様を乗せました。もちろん、喜んで。そのお客様を降ろしたとたん、チケットを翳して立っている男性が目に留まりました。こちらを覗き込んで「いいですか?」と聞かれ「どうぞ」と答えました。なんと、その男性は「高速に乗って〇〇までお願いします」と。1万4千円です。それも高速に乗るから70分で戻って来れます。みんなが嫌がるコロが、遠距離のお客様を連れて来たというお話。

 「それは偶然?それとも何か必然性の理由があるのでしょうか?」と尋ねました。古川さんは真顔で答えます。

 「論理的、科学的な説明はできません。でも、珍しいことではないのです。ひんぱんに起きるのです。ただ遠距離を狙って走っていても、遠距離のお客様には繋がりません。コロのお客様が、遠距離のお客様を呼び寄せるとしか考えられないのです。たぶん『波長』だと思います」

 筆者の勝手な解釈ですが、ひょっとすると「いいこと」をしたり、「欲張らない」ことに神様がご褒美をくれるのではないかと。

 古川さんは、個人的にこんなサービスもしています。遠距離のお客様から「下道で行って」と頼まれる時のことです。たぶん、時間は充分にあるけれど、安く済ませたいという思いからでしよう。そんな時、古川さんは、「僕が高速代を支払いますから、上で行きませんか」と提案します。当然、お客様はびっくりします。「ホントにいいの?」と。稼ぎ時の午後12時前後。例え高速代金で自腹を切っても、早く町中に戻って来ることができたら仕事がもっとできます。千円負担しても、2千円余分に稼げば、歩合は50%なのですぐに取り戻せるという勘定です。驚くことに、古川さんは、月に3万円も高速代を自己負担しているそうです。

 こんなことが、よくあります。小銭が手元になくて、コンビニでお客様が買い物をして両替をするケースです。そんな時には、迷わず「オマケしときます」と言い、100円未満を自己負担するそうです。「お客様のため」であると共に「時は金なり」。自営業者たる精神の表れです。

 またまた、あるホテルの前から乗せたお客様から「△△まで」と極めて近距離の行先を言われた時のことです。夜中の11時頃で、繁華街の細い道路は大渋滞を起こしています。大通りに出たくても車が進みません。そこで古川さんは、こう言います。「お客様、通りに出てからメーターを倒しますね」と。お客様は驚いて「そんなことしたら、お前が損するだろう」と言います。「かまいません、碌に走ってもいないのにお金はいただけませんから」

 このお客様は大層感激。降りる際に、千円出して「お釣りは取っといて」と。さらに「家に帰るので12時半にもう一度ここまで迎えに来てくれ」と頼まれました。なんと、1万5千円也。それだけではありません。その男性はお医者様で、勉強会と飲み会に繁華街にやって来るため、毎週水曜日と土曜日に送り迎えを頼まれてしまったのです。なんと、他社のチケットを持っているのに、現金で!

 そんな古川さんの月の売上は100~120万円。月55万円を超えると、歩合給の他に、交通費や家族手当などが付くようになります。さらにボーナスも上乗せされます。700台以上の車の中で、月100万円を超えるのは僅かに4名とのこと。残念なことに、多くの人が55万円未満に甘んじているそうです。その古川さんのパワーの原動力は「人に、いいことをすると、絶対に自分に返ってくる」というお父さんの教えでした。

 古川さんは毎日、玄関に朝刊を取りに行く時、方位磁石を手にして故郷の青森の方角を向いて手を合わせます。
「オヤジ、オフクロ、ご先祖様、ありがとう!今日も頑張るで!!」

 そう声に出して今日もタクシーに乗ります。