名鉄タクシー №1ドライバーに聴く(その1)

「500円のお客様を大切にする」

 「ちょっといい話」を求めて、全国行脚しています。どこでも「いい話はありませんか?」と尋ねるのが癖になっています。タクシーに乗っても同じ。行先を告げた後で、「いい話はありませんか?」と訊きます。たいてい「さっぱり儲かりません」と、景気の話だと思われてしまいます。

 そんな中、ちょっと言葉で言い表せないような、気分の良い運転手さんに出逢いました。決まり文句の「いい話ありませんか?」と言うと、「あります、あります!」という返事。喋り出すと止まりません。そこで、非番の日に家の近くのデニーズで続きの話を伺うことになりました(偶然、家が近所!)。

 その人の名は古川(こがわ)努さん、43歳。名鉄タクシーに勤めて、まだ4年目。にもかかわらず、700台以上の営業車の中で、売上1位、2位を常時争う成績を誇っています。係長で部下も10名いるとか。その秘訣はどこにあるのでしょうか。
古川さんは青森県の出身で、以前は建築関係の仕事をしていました。勤務先の会社でリストラに遭い、無職になった時、たまたまコンビニに置いてあった求人誌で知ったタクシー運転手の面接試験を受けます。その時、初めて「黒タク」という言葉を耳にしました。名鉄タクシーの車体は、ブルーと白が基調です。それが黒塗りの高級車で、普段は道路を流していますが、冠婚葬祭の時などにはハイヤーとして利用されるものです。

 古川さんは「黒タクに乗りたい」と言うと、「新人が何を言ってるんだ」と笑われたそうです。黒タクに乗るには(1)無事故無違反(2)お客様からのクレームがないこと(3)成績優秀であること、が条件と知りました。青森県人は「じょっぱり」という気質が有名です。頑固で意地っ張りのこと。良く言えば「負けず嫌い」。古川さんは、普通の人が早くても5,6年かかるところを僅か2年で黒タクに乗れるようになりました。さて、その秘訣とは?

 名古屋に錦三丁目(キンサン)という夜の繁華街があります。深夜12時半を過ぎると、クラブやスナックに勤めている女の子たちが仕事を終えて外へ出てきます。タクシーを止めようとしますが、なかなか停まってくれません。道路にはタクシーが数珠つなぎに並んでいます。でも乗れない。なぜなら運転手は、クラブの女の子たちが、出勤が楽なように同じ中区内の近場にマンション住いしていることを知っているからです。1メーター500円の近距離です。

 真冬には、女の子たちは通りで凍えながら、乗せてくれるタクシーを探します。本当はいけないことですが、中には「回送」「予約」と表示を切り替えて、乗車拒否まがいのことをする運転手も多いそうです。そこを古川さんは喜んで乗せてあげる。やっぱり、500円の距離・・・。でも、がっかりするどころか、女の子にやさしく声をかけます。「お疲れ様でした。今日は、お仕事どうでしたか?」と。すると「嫌な客がいてねぇ~」とポツリ。「それはたいへんでしたねぇ」と言うと、一気に愚痴話が始まります。古川さんは聞き役に徹して聴いてあげます。すると、降りる際に「ああ~久しぶりに感じのいいタクシーに乗ったわ」と喜んでいただけるそうです。そこで、すかさず名刺を手渡す。「もしよろしければ、お困りの時にはお電話ください」と言って。

 すると、忘れた頃に電話がかかってきます。「これからお客様をお送りしてもらえますか?」と。聞けば1万5千円の遠方のお客様です。女の子が、ママさんに「感じのいい運転手さんがいるのよ」と推薦してくれたのでした。店の外に出れば、いくらでもタクシーは走っています。でも、お店としては、お客様に気持ちよく帰っていただきたい。信頼できる人に託したいのです。さらに黒塗りのタクシーだと、VIP気分を味わえる。

 古川さんは、またまたお客様に、「お疲れモードですねぇ」と話し掛けます。「接待ですか?たいへんですよね。飲むにも気を遣わなきゃならないし」と。お客様は、この一言で救われます。そして「眠くないですか?もしよかったらご住所をお教えいただけたら、ご自宅の前までお送りします」。「そりゃ助かる」と家まで眠って行かれるとのこと。ナビに住所を登録し、次回からは何も聞かずに送迎できるようになる。

 それがきっかけになり、「古川さんじゃなきゃダメ」という20名くらいの固定客ができてしまったそうです。お迎えの際には、紅茶とコーヒーのペットボトルを後部座席に用意しておき「お好きな方をどうぞ」と言う。もちろん自腹です。

 古川さんは、こう言います。「一般のタクシーの運転手は、大きな勘違いをしています。会社から給料をもらっているのではないのです。お客様から給料をいただいているのです。そして私たちは自営業者なのです。お客様を大切にしなければ、お金は入って来ません。500円の初乗りのお客様だと、信号3つか4つで到着してしまいます。その短い時間が勝負。いかにその間に、お客様に良い印象を抱いてもらい、次のご縁に繋げていくか。誠意を尽くすると「名刺くれないか」と言っていただけます。私は、10名のうち7名は名刺をお渡ししています。自腹で作ったものです」。さらに、「目先のサプライズ(遠距離のお客様)ばかりを狙っている人は、結局一年を通すと成果はでません。コツコツが一番なのです」と力を入れて言われました。