男の子か女の子

 タクシーに乗る度、運転手さんに聞きます。「何か、いい話」はありませんか。すると、多くの場合は、「儲かりませんね」という答えが返ってきます。「いや、景気の話じゃなくて・・・」と、私が「心温まるちょっといい話」を集めて発信する仕事をしていることを説明します。

 すると、けっこう出て来るんですよね。感動ドラマが。

 名古屋に本社を置く、フジタクシーに乗った時のことです。

 運転席の後ろのポケットに刺してある「一期一会」という名前の車内報(社内報ではありませんので念のため)に、こんな記事を見つけました。ここに転載させていただきます。
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 きのう十六時に出庫したが出足が遅れた。
 初めてのお客様が二時間経った十八時。今は午前八時ちょっと過ぎ。できている売上が三万円と少しだ。
 昼の十二時に営業所に帰る。それまでに四万円にはしないと・・・。
 ちょっと届かないかもしれないぞ、今日は。

 フジタクシーに入社して一年半。五十三歳での転職は辛かった。持ち前の粘りで一応の売上はできるようになったが。
 しかし、長い不景気はきつい。特に東日本大震災から一か月、輪をかけてお客様が減った感じがする。これは自分だけだろうか。くずぐず考えてもしょうがない。お客様を探さなくちゃ。
 おっと、この近くの無線配車だ。反射的に応答ボタンを押す。負けるもんか!
「了解×××号」
よし!来たぞ!
「×××号は、△△マンションの玄関に着けて下さい。お客様は女性の方で○○様」
 すぐ近くだ。了解ボタンを押して向かう。

 玄関先に女性が一人。スーツケースが傍らにある。停車して車のトランクを開ける。スーツケースを中へ。「出産用」と記してある。お腹が大きい。このお客様は産婦人科までだと合点する。
 「痛いの」
と小さい声で言われただけでシートに横たわってしまった。

 診察券を示されたので目的の病院が確認できる。ここから二十分程か。
 「急ぎますか?」
と言ってから、これは聞くまでもないかと思い返す。

 スピードを上げて振動させてはいけない。かと言っても、極端にノロノロしてもいたずらに時間を食う。
 「大丈夫ですか?」

 同じ言葉をかけることしかできない。なんとかコミュニケーションをとりながら車を進める。お客様はそのたびにあえぐような受け答えだ。とても苦しそうだ。

 自分も汗びっしょり。ハンドルが汗で粘りつく。

 お客様の苦しがる声が強くなってきた。一刻も早く病院に到着したい。赤信号がもどかしい。救急車を呼ぼうか。いや、病院には五分もあれば着くはずだ。なんとか頑張ろう。

 あと三分ほど。お客様の息遣いが頂点に。

 突然、
「わー、頭が出た!」
とお客様。タクシー車内出産だ。

 「オギャー」

 元気な声が車内を占領。なんと、出産に立ち(正しくは「座り」)会ってしまった。三人いる自分の子供の誕生にも立ち会ってはいない。そんなことを考えている場合ではない。病院はすぐそこだ。安全運転、安全運転!

 やっと病院に着く。

 お客様一人、いや二人を車内において、受付に走る。
 「お客様がタクシーの中で赤ちゃんを!」

 すぐに何人かのスタッフが出てきてタクシーへ。

 車内で臍の緒を切ったんだろう、母と子別々に病院内へ搬送。その処置と動作はすばやい。

 自分は虚脱状態。気がタクシー料金にまでいっていないのが正直なところ。病院スタッフが気付いて支払ってくれた。トランクからスーツケースを取り出した。ほかにお忘れ物は・・・。

 忘れ物?
 忘れた!

 男の子か女の子か聞くのを。
ともあれ、ご出産おめでとうございました。そして、ご乗車ありがとうございました!
さあ車庫に帰ってシーツを交換しよう。

 まだ三時間ある。もうひと頑張りだ! 

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(志賀内)
 酔っぱらった友人を家まで送るため、タクシーに乗りました。私は、心配でした。その友人がタクシーの中で、吐いてしまうのではないかと。泥酔して、ほとんど意識がありません。困り果てました。何度も「大丈夫か」と声を掛け、「少し止まって休憩しようか」といました。その時です。運転手さんがビニール袋を差し出してくれ、こう言われました。「中で吐いてもいいですよ、もし汚れても、後でクリーニングすればいいだけですから」。後部座席のシーツが汚れると、一旦、基地に戻って取り替えなければならない。その間、仕事ができず歩合制の運転手さんにとっては大打撃です。それなのに・・・。優しい言葉に、心打たれました。