第4回 大病院でコネの偉大さを知る

「このまま死ぬ気でいた」とカミさんは言った。だが、万に一つの可能性を賭けて治療させたいと願った。町医者の、それも皮膚科の先生の紹介状では失礼ながら心許無い。私自身が大病をした時、さらに両親が治療を受けた時、学んだことがあった。お医者さんも人の子だということ。「誰々の紹介」というコネが「情」と「責任感」を動かす。良し悪しではない。必死だった。他人に何と言われようが、最善の手段を取る事しか頭になかった。

何人か医師の友人・知人がいた。その中で一番地位の高い某大学付属病院の甲教授の顔が、パッと頭に浮かんだ。翌朝、7時ジャストになるのを待ち、甲教授の自宅に電話をした。こちらの気の昂ぶりが伝わったのだろう。「今から出勤します。僕の同期のA総合病院M君に紹介状を書きます。乳がんの名医です。8時に大学病院の入口に来て下さい」。すぐにタクシーを飛ばし、紹介状を受け取る。「ご心配でしょうが心をしっかり」と励まされた。顔が真っ青だったらしい。立っているのもやっとだった。そのままタクシーで家に踵を返し、カミさんを乗せてA総合病院の受付へ走った。

予約診療でも2時間待ち。初診外来は、診察がいつになるかわからないという(5、6時間待ちとも)。覚悟して二人並んで待合室の椅子に座った。ところが、30分も待たずに名前を呼ばれた。さすが甲教授の「顔」の効き目は大きい。救われた思いで、心の中で教授に手を合わせて診察室に入った。ところが・・・。

M先生は、カミさんのオッパイを見るなり、眉をひそめた。私は、美容院でハゲが見つかったことから始まり夢中でしゃべった。もう先生にすがりつく思いで。すると、M先生が無表情のまま手を挙げ私を制し「ご主人は黙っててください」。赤面した。たしかにそうだ。われを忘れているのだ。私は一歩下がってうつむいた。M先生はオッパイに触れると、こう言った。「なんで、こんなになるまで放っておいたの」と。私だってわからない。なんだか責められている気分になる。辛い。「病院嫌いなんです。人間ドッグに行けと言っても聞かないし・・・でも夕べ言うです。私の仕事の足を引っ張りたくなくて・・・」と話し始めたところで、再び私の口を遮るようにピシャリと言われた。「ご家庭の事情を聞くつもりはありません」「え!?」。なんて冷たいんだ。冷酷な鬼に見えた。何が名医だ。心がない。乗り込もうとした救助船から蹴落とされた気分だった。