第10回 仕事を辞めて看病に徹する

抗がん剤治療をすることに決めた。効くか効かないかわからない。

何度も繰り返し「延命」と言われたのだ。残された時間がどれくらいか。考えるだけで気が狂いそうになった。万全の態勢でカミさんの治療をフォローしようと思った。すぐに携帯電話を手にして、引き受けていた講演会やセミナー講師の仕事をキャンセルした。まったく迷わずに。ずいぶん以前に読んだ、仏教思想家のひろさちやさんの本の中にあったエピソードが心に刻まれていたからだった。

それは、ひろさんがインドを旅した際に、インド人の友人が勤める会社を訪ねた時の話。その友人は「父親が病気になったので、ずっと看病していた」と言う。それは6か月にも及んだという。「よくそんなに休めたね」と尋ねると「当たり前のことだ。日本人は休めないのか?」と反対にびっくりされてしまった。6か月間付き添って看病していたが、その間に医者が来てくれたのは二度だけだったという。結局、病名もわからず最後まで看取ったとのこと。

この話を聞いて、ひろさんは思った。これは日本と逆だと。日本なら6か月間入院をして医者や看護師が毎日診てくれる。ひょっとしたら最善の医療を施せば治るかもしれない。だが、故郷から遠い赴任地で忙しく働いている息子が見舞いに行けるのは、せいぜい二度。いったい、どちらが幸福なのか?・・・という疑問提起だった。

もちろん、最善の治療を受けさせたい。だが、最も大切なのは寄り添うことだと思った。仕事(お金)とかみさん(命)は、そもそも天秤にかける筋合いのものではないはずだと。実は、その5年前、両親がほぼ同時に倒れて看病・介護することになったのをきっかけに、サラリーマンを辞めていた。インド人の話も頭にはあつたが、体力の限界で仕事と看病の両立ができなくなったというのが最大のの理由だった。引き受けた講演を断るのはたいへんな迷惑になる。とにかく事情を訴え、頭を下げ続けた。

きっとこう異議を唱える読者もあろう。「それは志賀内さんがフリーランスだからだ。会社を辞めたら生活費は?治療費は?」と。ごもっとも。カミさんにも言われた。「そんなことしたらお金が入って来なくなる。そんな中で高い治療なんてしなくていい」と。仕事を辞めたことで、病んだ心がよけいに不安になってしまったらしい。正解はないだろう。それでも私は看病に専念することに決めた。一年、一か月、一日、そして「今この瞬間」、一番大切な人にすべての時間を使おうと。