第9回 医療コーディネーター・I先生からの教え
医療コーディネーター・I先生に血液、CT、細胞検査のデータを預け、何か所もの病院、医師にセカンドオピニオン受けた。日に日に、A総合病院のM先生への不信感が募っていく。信頼できる医者を見つけたかった。ほどなく、I先生から回答が届いた。
結論から先に聞き驚いた。M先生の治療方針はベストに近いのだと言う。「看護スタッフや入院設備では大阪のB病院の方が優れていますが、自宅から近い方が、今後の通院治療に楽なのでA総合病院の方がいいと思います」と。細胞の検査結果を何人かの乳腺外科医に診てもらったところ、M先生が勧める抗がん剤「パクリタキセル(点滴)とゼローダ(経口薬)」、骨に転移したがんを封じ込める「ゾメタ(点滴)」が最も効果が期待できるという点で一致した。
だが、私は訴えた。「M先生は人柄が信用できません」と。すると、I先生は穏やかに、そして諭すように言った。「ご主人の気持ちはわかります。でも、医療とは医師の腕で決まるのです。腕とは『科学』です。一口にがんと言いますが、500種類もに分けられます。そのどのがんに、どの薬が効くのかということを今までのデータから判断する。それが腕です。実は、私もM先生の評判を耳にしました。冷たい口調らしいと。でも、口調と腕は別物です」
さらにこんなアドバイスをいただいた。「医師にとって治療は科学です。でも、患者本人は心の持ち方がもっとも大切です。こんなイメージを描いてみてください。地面に1㍍の丈の杭が立っている。それが、がんだとします。その脇に壁が立っている。太陽が高くから射すと杭は壁の日陰になる。その壁の高さが2㍍3㍍と高ければ高いほど、日陰で隠れる時間が長くなりますよね。その壁と言うのは、人の心です。前向きに明るく生きようとすると、壁が高くなって、がんは太陽の陰に隠れるのです」
一見、ただの精神論にも聞こえた。だが妙に腹にストンと落ちた。昔から言う「病は気から」だ。I先生は、こう続けた。「がんは他人ではありません。自分の子供です。実際の子供は、別のところで生きています。だからなかなか言うことを聞かない。でも、がんという子供は自分の身体の中にいるので扱い易い。がんを意識せず、無視すると小さくなります。さらに消えるイメージを持つ。開き直る。不安を抱かず、がんと共存共栄するのです」。カミさんが言った。「I先生は押し付けじゃないのがいい。I先生を信じてM先生に任せようと思い」と。夫婦二人三脚でのがん治療が始まった。