第14回 精神科にはかかったけれど

もう自分の力だけでは支えきれないと思った。食欲不振、腹痛、倦怠感、手足のしびれ、背中の痛み、極度のホットフラッシュ(のぼせ等)が続き、カミさんはみるみる衰弱していく。ある日の午前2時。突然、「ああ~」という叫び声で私は目を覚ました。続けてドドーン!という音に慌てて飛び起きて灯りを点ける。カミさんがベッドの上を左右に転げまわり、壁を足で蹴っていた。「もう嫌なんだわー!」と泣きわめく。私はそれをただ受け止めるしか術がなかった。サンドバッグのように。「前向きになろう」「笑顔でいよう」などいう言葉はキレイごとに過ぎない。ギリギリのところで頑張っている人には、どんな励ましも効き目がないのだ。聞くに堪えない言葉に耳を傾け、そのまま明け方まで背中や足をマッサージした。

それが日常茶飯事になり、心療内科か精神科に連れて行こうと考えた。しかし、カミさんは泣きながら言う。「抗がん剤治療の通院だけで精一杯なのに、行けるわけないでしょ!」。もっとも精神的におかしくなっている者に「心の病気の病院へ行こう」と言って納得させるは至難だ。そこで看護師長さんにこっそりと相談した。すると、「院内にある精神科に一度診てもらおうよ」と、カミさんを優しく口説いてくれた。抗がん剤治療の点滴をしている2時間半ほどの間に私が代理で受付をしておく。順番が来て呼ばれたら、点滴棒を持って精神科まで移動して受診するという特別の段取りまでしてくれた。まさしく地獄で天使に出逢った気分。

ところが、である。その精神科は私たちが想像し期待していたものとは全く異なっていた。がんになって辛いこと。副作用のあれこれ。さらに今までの人生、日頃の生活を先生に長時間喋った。黙して聞いたのち一言。「どうしますか?薬を出しますか?」と言う。「え?」と二人して言葉を失う。心療内科、精神科いずれにしろ、辛い話を聞き出して、その上で適切な心の持ち方や生き方をアドバイス、つまりカウンセリングをしてくれるものだと思っていたのだ。だがそれは大きな勘違いだとわかった。先生は言う。「話は聞くけど、結局、薬を出すことしかできません。ココはそういうところです」と。失望。そして、何回か通院し次々と薬を処方された。デパス、トフラニール、リーゼ・・・。効き目の有無はいまだにわからない。

私は、黙ってサンドバッグに徹し続けるしかなかった。話を聞いてもらうだけなら、医者よりも友達の方がよほど頼りになった。その話は後の回に改めて。