第13回 髪は女の命・・・副作用が心を冒していく
抗がん剤を始める前から、はっきりとわかっていた副作用が「脱毛」だ。一度には抜けない。パラパラと抜け始める。カミさんも「覚悟」をしていたので、早めにウイッグ(かつら)を作りに行くことにした。病院内の売店や抗がん剤治療を受ける化学療法室にもパンフレットが置いてある。価格はピンキリ。だが、髪は身体の一部。お金の問題ではない。奮発して30万円のものを誂えた。もっともケチなカミさんは「もっと安いのでいい」と言い続けていたが。
まだ抜け始めたばかりなのに「坊主にしてもらう」と言い出した。毎日・・・ではない。一日中昼も夜も少しずつ抜け続けるのだ。一日中髪を触ってボソッボソッと抜けた髪を手のひらにまとめる。それが相当に空しいらしい。ほおっておくと身の周りは服も床も髪の毛だらけになる。「それなら」と9割残っているうちから全部刈ってしまうことにしたのだ。最初は、素敵なウィッグにご機嫌だった。
だが、抗がん剤の副作用が吐き気、身体のだるさ、手足のしびれに及んでくると「うつ」傾向になる。鏡を見ては溜息を漏らす。「ああ~こんなんになっちゃった」と。どう励ましていいのかわからない。「髪の毛より命の方が大事だよ」と言いかけてやめる。そんなことわかっている。「髪は女の命」という。男の私には理解しがたい思いがあるはず。仕方なく「髪なんてなくても可愛いよ」と言う。「ホント?ホント?」と何度も聞いて来る。それが唯一の慰めなのだ。
「命にはかかわらないが辛いこと」と言えば、手足の指先のしびれや痛みだろう。背中の肩甲骨の辺りも痛みがひどくなり、上向きで眠れなくなった。悶えるような痛みではないが、四六時中続くのだ。M先生に何度訴えても「そうですか」としか答えない。「我慢するだわねぇ」と言われ、怒れるよりも失望したそうだ。さらに訴えたら「効かないかも」と薬を処方された。リリカとロキソニン。共に鎮痛作用があるはずだが、全く効き目がない。先生の言う通り。
カミさんの生きがいは、料理と洋裁とピアノ。自宅でピアノ教室をしていた。すべてができなくなった。いや、「できる」けれど「やりたくなくなる」らしい。いずれも指を使うのだから。またまたこれが「うつ」へと心を誘って行く。抗がん剤とはどういうものか、その恐ろしさを二人して悟っていく。細胞を壊すだけではない。心を冒して行くのだ。「もう嫌だ!治療止める~」と泣き叫ぶカミさんにオロオロの日々。これに医師は無能だった。手を差し伸べてくれた友人たちの話は改めて。