第16回 がん患者同士ゆえに分かり合える

カミさんのがんが判明してすぐのこと。ある企業からの講演の依頼があった。既に引き受けている講演のキャンセルの電話をしまくっている最中の出来事だった。担当者に正直に事情を話して、やんわりと辞退すると思わぬことを言いだした。「うちの会社にも奥さんががんに罹って治療中のMさんという社員がいます。名古屋にいるのでご紹介しましょうか」と。私は「ぜひ」と即答していた。

すぐアポを取ってMさんにお目にかかった。聞けば、奥さんの治療に寄り添うため、出世の道を諦めて本社から自宅のある名古屋に転勤を希望して戻って来たのだという。「仕事より家族」という価値観が同じということもあり意気投合した。

奥さんはすでに何度も手術をし、抗がん剤治療も繰り返しているとのこと。「大丈夫」「なんとかなる」というような安易な励まし方はしない。「たいへんでしょうが、辛い時は話ならいくらでも聞きますよ」と言われた。それに甘えて、私は吐き出すように喋り続けた。精神が不安定になり、どれだけ尽くしてもサンドバッグのように言葉で殴り続けてくること。「うつ」になって塞ぎこんだとき、どうしてやったらいいのかわからず、こちらも落ち込むこと。全部、乾いたスポンジが水を吸い取るように耳を傾けてくれた。

奥さん同士で連絡を取り合うようになった。相手は、がんの先輩だ。病状はイコールではないものの、苦しみの真っただ中にあるということは同じ。カミさんもたくさんの話を聞いてもらった。やがて、お互いの体調の良い時を見計らって、食事やお茶に出掛けるようになった。夫は抜きだ。そう、そこが肝心。たぶん・・・夫の悪口を言い合っているに違いない。同じ境遇にあるからこそ、頼れる。理解しあえる。精神科の医師よりも役に立った。

ある時、カミさんがポツリと漏らした。「Kさん(Mさんの奥さん)、今日から入院って言ってたよねぇ。大丈夫かなあ」と。びっくりした。他人のことを心配しているのだ。それも、自分も抗がん剤の副作用で気分が悪い最中なのに。以前、リウマチの専門医が書いた本で読んだ話を思い出した。普段、「痛くてたまらない」と騒いでいた患者さんが、ある時、急に痛みを訴えなくなったいう。聞くと、家族が病気になり、自分が看病しなくてはならなくなった。だから、「痛い痛い」と嘆いている暇などない。気が付くと、痛みが軽くなっていたという。まさしく「情けは人のためならず」。