第27回 盗聴器が仕掛けられている

脳梗塞になったが、奇跡的に身体的な後遺症がなかった。ところが、別の大きなものがカミさんを侵し始めた。

いつものよう中国鍼の治療の帰りにスーパーマーケットへ立ち寄った時のことだ。買い物カゴを手にしてカミさんが立ち尽くした。「どうしたの?」というと呆然とした顔つきで言う。「何を買ったらいいかわからない」。「え?!どういうこと」と聞き返すと何かにおびえている感じ。慌てて車に乗せて帰宅した。何を食べたいか、どんな食材が必要か、まったく頭に浮かばないらしい。またある時。急に「水道管が破裂する」と騒ぎ出した。夜中にスクッと起きて「家の塀が倒れる」と言い出す。「大丈夫、大丈夫。明日、業者さんに点検してもらうよ」と言って寝かせる。

さらに恐ろしいことが起きた。カミさんの友達が帰った直後のことだった。急におろおろとしたかと思うと「盗聴器が仕掛けられている」と言い出し、応接室をキョロキョロと見回し始めた。たまたまテレビの情報番組で得た知識があった。こういう状態にある時、付き添う人はけっして逆らってはいけないという。私は、「わかった、一緒に捜そう」と言い、机やターブルの下、時計やカレンダーの裏側を見て回った。妄想である。

再び、大好きなピアノ、洋裁、料理をしなくなった。身体的には変わらないのだ。本人いわく「できないのではない。やりたくないだけ」だという。散歩に誘っても、「行かない」と即答。CT検査では、脳の一部が壊死している。素人の推測ではあるが、能動的に行動することを司る細胞が死んでしまったのではないか。かかり付けの精神科で相談すると、抗うつ剤を処方された。二度、三度と変更。だが、気休め程度で特別な効果がない。

しばらくしてペシャンとなっていたオッパイに、一つ二つのシコリができた。どんどん大きくなり赤味を帯びる。再び、眠っていたがんが活発化して来たのだ。「うつ」で中国鍼の治療も休みがちになった。医療コーディネーターI先生の言葉が蘇った。「地面に1㍍の丈の杭が立っている。それが、がん。その脇に心という壁が立っている。太陽が高くから射すと杭は壁の日陰になる。その壁が高ければ高いほど、日陰で隠れる時間が長くなる。前向きに明るく生きようとすると、壁が高くなって、がんは太陽の陰に隠れる」。そう、太陽(心)が低くなったと同時に、がんが暴れ出したのだった。