メルマガ「志賀内泰弘の恩送り通信」第15回「こんなスゴイ友達を紹介します!~「やまとしぐさ」を伝える辻中公さん

メルマガ「志賀内泰弘の恩送り通信」第15回
「こんなスゴイ友達を紹介します!
~「やまとしぐさ」を伝える辻中公さん

 ☆今の私があるのは、友人・知人・両親・親戚・先輩・同僚・心の師など大勢の人たちの「おかげ」です。いただいたたくさんの「御恩」を次の人へと
「送る」ために、新作や約3.000本のアーカイブスから厳選してお届けします。
名付けて「志賀内泰弘の恩送り通信」です。

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「形を学べば、心が養われる・・・辻中 公さんのこと」
                志賀内泰弘

若い日、まだサラリーマンをしていた頃、茶道を習ったことがあります。
その頃の私は、日々、仕事のノルマに追われる毎日で、とにかく成績を上げることが第一の使命でした。
 「能率・効率」を重視して、無駄な物ははぶき、数字を追い求めて成果を上げました。そのモードのまま、教室に通ったのです。

 茶室で、他の生徒さんもいる中で、私は先生を質問攻めにしました。
 「なぜ、茶室に入る時には『にじる』のですか?」
 「なぜ、『湯こぼし(建水)』を持って下がる時、左回りなのですか?」
 「なぜ、・・・?」
 それは、私の仕事をする上でのスタンスでした。疑問が湧いたら、すぐに人に訊く。「頑張る」とか「やる気」というような精神論ではなく、どんなことでも論理的に納得した上でなければ、行動しない習慣が身についていたからでした。
 先生に言われました。
 「そんな質問をされる方は、今まで一人もいらっしゃいませんでしたよ」
と。それは叱るでも、呆れるわけではもなく、ただ微笑んで。
 その後、「いい質問です」と言われて、一つひとつ丁寧に、かつ論理的に説明をして下さったのです。

 さて、年月が流れて、ある人からこう諭されました。
 「茶道というのは、形から入る美学なのです。まず形を学ぶ。理屈は考えない。でも、茶杓一つ手に取ること、袱紗捌きの仕方にも「意味」があるのです。

でも、その理由を説明したりはしないのです。長い年月、習い続けるうちに、その形が自然に身に付きます。10年、20年・・・と繰り返すうち、ある日、『あっ!』と気付く瞬間がやって来るのですね。『ああ、あれは、こんな意味があったんだなぁ』と分かるんです」

 私は、茶道の先生を質問攻めにした日のことを思い出し、赤面しました。
 思い返せば、古来、日本に続く、歌舞伎、能・狂言などほとんどの芸能がそうです。それだけではありません。剣道や柔道なども「形」を重要視します。その「形」を身に付けた時、相手に勝る「心」を得ることができるのです。

 さて、遠回りました。
やまとしぐさ伝承学師範、やまとの智恵実践協会代表理事である辻中公さんのことです。
 「やまとしぐさ」という日本古来から伝えられている「所作法」を、現代の人々に教えておられます。
それは、「形」から始まります。
若い頃の私だったら、おそらく「なんだ、そんな非効率な」と興味を示すこことはなかったでしょう。

 辻中さんとは、どこで知り合ったのか、まったく記憶にありません。
どこかのパーティなのか、誰かの紹介なのか。
でも、間違いない事。
辻中さんの活動に心惹かれて、ずっとずっとお付き合いが続いているのだと思うのです。

 形を学べば、心が養われる。
答を人に尋ねて「知る」よりも、黙々と「形」を真似て続ける方が、間違いなく自分の心の「糧」になるのだと信じます。

その辻中公さんの「やまとしぐさ」講座から、一つ紹介させていただきます。
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辻中公の「やまとしぐさ」講座

「ゴミは持ち帰る 」
日本は、「型」という変わらない「かたち」をそのまま伝承していることが多く あります。
お辞儀など所作法の型、食事の型、節供の型、言葉の型、お能など伝統 芸能の型などは、森羅万象の繋がりのお陰で生かされていることを感じ、心を育ん でいくことに繋がっていきます。
そんな「かたち」を知り丁寧に美しく暮らすことで、一心五心を育むことができます。

皆さんは、自分が外出先で出したゴミを家まで持ち帰っていますか。
たとえば、 鼻を噛んだ紙、アメの包紙、噛んだガムを包んだもの、ペットボトルや空き缶など、 自分が出したゴミは持ち帰る癖をつけるとよいでしょう。

私たちには、すべてのことが繋がっているという意識が根底にあります。
モノと 自分は共存しているのです。使ったモノは元に戻す。
出したモノは片付けることで、 モノへの尊重の心や自分自身への責任感が培われます。

日本人は昔から自分の出したモノは持ち帰っていました。和服の袂に入れて持ち帰ったのです。
「袂」は、袖の下の袋状になった部分。
成人式に着る振袖は床スレスレの長さですし、一般的な着物だと腰の辺りまであります。
「袂」は、モノを入れるという使い方もします。
決まり事があって「、右の袂」には使っ た後のモノを仕舞います。
たとえば口を拭ったティッシュや、アメの包紙などです。

「左の袂」には、使用前のティッシュやきれいなものを入れます。
ポケットのよう な役割ですが、右は使用済みを入れ、左はきれいなものを入れるのです。
自分の使ったものは自分で始末する。袂にしまう型が継承されています。
今は和服を着る機会は減っていますが、日常の暮らしの中ではゴミを入れることができるような、ビニール袋を携帯しておくとよいですね。
ゴミは持ち帰る、という意識があると暮らしに工夫が生まれます。

訪問先では特に気をつけたいものです。
ペットボトルや鼻紙などを置いて帰るのは失礼なことです。
友人の家やセミナー会場、飲食店で、鞄の中のゴミを置いて帰るような人もいます。
人間性はふとしたときに表れます。他人に不快な思いをさせないことが大切です。

茶道のお稽古をしているとき、小学生の女の子が鼻をかみました。
先生のお稽古 場で、ゴミ箱を探している様子の女の子に先輩が「私が預かりますね」と言いました。
そして先輩は小声で「先生はゴミ箱の場所を教えてくれるでしょうが、ゴミを 先生のお家に置いて帰るのは失礼だから、私が持ち帰りますね」と続けました。

その様子を見て、その子は、同じように誰かのゴミを持ち帰る人になるのだろう、と思いました。
「持ち帰りなさい」ではなく、「私が持ち帰りますね」とおっしゃった 先輩が格好良かったからです。
こうしなければいけないと諭すのではなく、先生の ことも女の子のことも尊重している言動が、今でも目に焼きついています。

私の母は鞄に必ずビニール袋を入れていて、レストランで口を拭った紙ナプキン などを家に持ち帰ります。
「自分が使ったものを置いて帰るのは恥ずかしいことだ」 というのです。

買ったものを入れるためにビニール袋やレジ袋を持つのではなく、自分のゴミは自分で持ち帰るために持っている。
同じものを持つのでも、目的は他人と気持ちよく暮らすための行いでありたいです。

このような姿を身近に感じながら暮らせることは、なんとありがたいことでしょう。
日常の立ち居振る舞いがそのまま生き方になります。生きる姿で心を伝承していく。
いつか自分自身も誰かの手本となるように、日常の暮らしを美しく生きていきます。

辻中公さんのプロフィール、並びに、「やまとしぐさ」講座は下記の
志賀内泰弘公式サイト「いい話・いい仲間のプラットフォーム」の、
「いい人・いい話のフェス」のコーナーのこちらからお読みいただけます。↓
https://shiganaiyasuhiro.com/fes-category/tsujinaka/

 

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